特集 攻める農業 中国へ輸出
「平成の開国」におびえる日本農業に活路!?
中国の富裕層に向けてコメ輸出拡大を目指す。黄金色に実った稲=長野市で10年10月

 日本の農水産物や加工食品などを、中国に輸出しようという取り組みが農林水産省を中心に進んでいる。日本からの輸出はこれまで、価格の高さが障害になって増えていなかったが、2020年には1億人を超えるとされる中国の富裕層の出現が貿易環境を変え、中国企業が高品質の日本ブランドに目を向け始めた。

 すでに昨年12月と今年1月に相互訪問し合うなど両国間の交流の機運は高まり、中国側からは北京に常設の展示即売施設を設けるという提案も行われている。関税撤廃が求められるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加による「平成の開国」が大きな政治課題になっている中で、日本の攻めの農業への活路を見いだせるかが注目される。

中国農業発展集団と覚書が調印された。右が筒井信隆副農相=10年12月9日

 中国への農産物輸出が国を挙げて動き出したのは、昨年7月に民主党内に農産物や農産加工品を世界へ輸出しようという勉強会が立ち上がったことがきっかけだ。

 鹿野道彦農相と筒井信隆副農相、農政に詳しい一川保夫参議院議員らが中心になって始まり、農水省の事務方も加わった。

 回を重ねるうちに「食文化も似ていて、距離的にも近い中国への輸出がいいのでは」という話になり、勉強会には中国大使館の書記官、中国のシンクタンク、中国への輸出などを手掛けているコンサルティングも参加。農水省が中国のさまざまな農水産物のデータを提供したが、同省側からは「中国は有望市場だが、輸出相手の見極めが必要で、独特の商慣習もある」などという報告もあったという。

 その後、中国側参加者などから「北京にアンテナショップ的な施設を作ってはどうか」という提案があり、関心を示している企業として「中国農業発展集団総公司(中農集団)」が紹介された。

 中農集団は04年に設立された中国国務院直轄の国営企業。総資産150億元(約2000億円)、従業員8万人という農水産業分野では中国最大の企業だ。40以上の海外支店を有し、約80の国・地域と農水産物などの貿易をしている。当初は畜産業や水産業から始まった組織だが、有機栽培事業や機械(ディーゼルエンジン)製造事業、金融サービス業まで業態を広げている。

 さらに中国側から筒井副農相を中国に招きたいという話が出た。尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件をきっかけに両国関係がぎくしゃくし、政府間、民間双方の交流が停滞していた中で、昨年12月8日、筒井副農相らの訪中が実現した。中国側の高い関心を示していることの表れだった。

 一行は北京市内で「天竺物流センター」と「全国農業展覧館」を見学した。天竺物流センターは北京空港から車で5分という近さで、敷地面積は10万平方㍍。検疫施設が隣接しており、通関も可能で保税倉庫としての活用が検討されているという。全国農業展覧館は中国の農水省に当たる中国農業部の直轄で、日本の農産物などの展示、即売会場として提案された。地上2階地下1階建て延べ床面積は5000平方㍍という広さで、北京空港から車で約20分の距離。周辺には海外の大使館や五つ星のホテルがある。

 その後の中農集団の劉身利・薫事長(会長)との意見交換では、劉薫事長から日本のコメや牛肉、乳製品、野菜、果実など輸入に関心があることが表明された。そのうえで、全国農業展覧館を日本の農産物や加工食品を展示、即売する施設として提供し、さらに同様の施設を北京に数カ所開設することや農業分野などで技術交流を進めたいという提案があった。

日中が冷え込む中、副農相訪中
中農集団と輸入拡大へ覚書締結

 筒井副農相は「コメを当面20万トン、将来的には100万トンの輸出を目指したい」と意欲を見せた。そして他の品目も含めて日本が中国にとって食料の安定供給基地になれるように継続的な関係を構築していくが必要だとの考えを表明。その席でお互いに事業を前進させることに合意し、筒井副農相と劉薫事長の間で日本産農林水産物・食品の輸出拡大などを内容とする覚書が結ばれた。

 覚書には、

1.中農集団は日本の農水産品加工食品の輸入拡大を積極的に進める
2.中農集団は日中農業交流促進のモデル事業として常設展示館を設ける
3.農水省は中農集団の研修生の派遣や農林漁業技術の修得に協力する
4.農水省は中農集団の食品安全基準作りに協力する
5.農水省と中農集団は定期的に意見交換を行うこと

---などが盛り込まれた。この覚書について「中国国内での食品安全基準作りが盛り込まれた意味は大きい」と専門家は指摘する。

 その後、筒井副農相は中国農業部の牛盾副部長(副大臣)とも意見交換し、日本産農産物の輸出への協力を要請。コメの輸出拡大に向けた薫蒸処理の再検討や、日本で発生したBSE(牛海綿状脳症)問題で輸入が中断している牛肉などの輸入解禁に向けた早急な検討を求めた。これに対し牛副部長は、日本と中農集団の農産物取引に期待感を示し、日本側の要望については検疫当局に検討を指示するとともに、牛肉・乳製品については科学的な根拠に基づいて再検討することを表明した。

 このほか牛副部長からは「競馬を導入予定だ。日本のノウハウを教示してもらいたい」「食品安全分野での農業投資への日本側の協力をお願いしたい」という要請もあったという。中国側はまず日本米の輸入の拡大を考えており、農水省側の意向と合致した形だ。

JA新潟市低温倉庫を視察する中国農業発展集団の一行=1月27日

 覚書を具体化するため今年1月26日から29日にかけて、鹿野農相の招きで劉董事長ら中農集団幹部が来日した。劉董事長らは26日に茨城県つくば市の農業者大学校を視察。27日には新潟県内の十日町ベジパークや新潟市中央卸売市場、JA新潟市低温倉庫などを見学し新潟産コシヒカリを試食した。28日には都内にある京都府や北海道、山形県のアンテナショップを視察した後、都内のホテルで開かれた「中国輸出促進会議」に出席。29日には東京都府中市の東京競馬場を視察して帰国した。中農集団はもともと畜産業や水産業から始まった組織で、そうした経緯から競馬に関心を持っているとみられている。

 1月28日に開かれた「中国輸出促進会議」には、農産物などの生産団体や加工食品メーカー、各県の農林水産部、サプリメント企業などから400人が参加。農水省の筒井副農相は「攻撃型の農政を目指し中国市場を中心として農林水産物などの輸出を強力に推進したい。将来的には100万トンの中国へのコメ輸出を目指したい」とあいさつした。劉董事長は「経済発展に伴い優良な食品の需要が高まっている。中でも日本の農産物、食品への関心が高い。日中が協力して中国市場を開拓していきたい」と述べ、日本の農産物などの輸入に期待を表明した。

 関係者によると、コメを中国に輸出する場合、日本のコメについているとされるカツオブシ虫の薫蒸が必要となる。その薫蒸施設は横浜市に1カ所あるだけで、処理能力も年間3000トンと低いため、農水省は全国に8カ所程度の薫蒸施設を作ることを検討している。設備不足もあり昨年1年間のコメの対中国輸出はわずか96トンに過ぎない。将来的に100万トンの輸出量に持っていくためにはさらに増設が必要となる。

 農水省は中農集団と連携して戦略的なマーケティングなどを進める「中国輸出促進協議会」の設立を検討している。さらに与党・民主党は3月にも地方自治体や生産団体、食品加工業者からなる訪中団を検討している。

 昨年12月に訪中した関係者は「日本に来る中国人観光客に電気炊飯器が人気で、飛ぶように売れており、そのことからも米飯への関心の高さが分かる。安心で品質のいい日本のコメは十分競争力がある。対中国輸出が増えれば、低迷する米価を維持することにもつながる」と話している。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら