どう闘うべきなのか、そもそも闘えるのか
いつかあなたも直面する「末期がん」の大研究

(週刊現代)

 がんで死亡する人、毎年35万人。つまり、これだけの人々が最後は末期がんを経験して亡くなっていることになる。早期で発見できれば治すことはできる。だが、「手のほどこしようがない」と言われたとき、いったいどうなってしまうのか。

 がんで死亡する人、毎年35万人。つまり、これだけの人々が最後は末期がんを経験して亡くなっていることになる。早期で発見できれば治すことはできる。だが、「手のほどこしようがない」と言われたとき、いったいどうなってしまうのか。

悲しんでいる時間はない

「膵臓がんの末期だと宣告されたのは'09年4月のことです。『このがんは取り除けません。標準的には9ヵ月です。早ければ余命半年、延びても1年でしょう』と言われました」

佐藤匡男さんが手がけた『これから』(写真下・朝日出版社刊)は、初版1000部が1ヵ月で完売した

 医師の宣告から2年半。末期の膵臓がんを抱えて、佐藤匡男さん(80歳)は今も闘病生活を続けている。18年前に妻と死別した。その後、配偶者を失った人たちの会「気ままサロン」を創設し、現在はこの会を共に立ち上げた〝同志〟の石井須美子さんと同居している。

 がん発見のきっかけは、背中を走る激痛だった。かかりつけ医の診察を受けたが痛みの原因が突き止められず、後日、代診の医師が異常を発見し、精密検査で膵臓がんが見つかった。ステージは、最も進行した「Ⅳ期のb」---手術困難の末期状態だった。

 宣告を、佐藤さんはどのように受け止めたのか。

「健康だった頃は、がんに対する恐怖心もありました。でもいざそうなってみたら、不思議なことに『知らないところに行く恐怖』や『見知った人と別れる辛さ』、『この世の美しいものが見られなくなる悲しさ』、『まだやりたいことがあるという未練』などは、不思議と感じませんでした。とっさに出てきたのは『あとどれくらいの日にちが残っていますか』という言葉です。早ければ半年というのなら、悲しんでいる時間はない。残された時間で何がしたいのか、何ができるのかを、すぐにも考えないといけないと思ったのです」

 これだけはやっておきたいということがあった。一つは、「気ままサロン」で出してきた会報をまとめて本を出版すること。もう一つは、当時約350名の会員がいた同サロンの運営の引き継ぎだ。

「本は今年7月に上梓できました。ほとんどの部分は、サロンの創設以来、ずっと補佐し続けてくれている石井さんに手伝ってもらいました。この本の最後の原稿を書き終えたとたん、がんのせいか、目が見えなくなり、全盲状態になってしまったんです。ともあれ、サロンの引き継ぎも、話し合って無事に済ませることができました」

 こう語る佐藤さんの横には、献身的に介護を続ける石井さんの姿があった。

 2人に1人ががんになると言われる時代。がんはありふれた病気になった。治療技術が進歩した今、生還者は増えた。けれども、佐藤さんのように、激しい痛みが出て検査をしたら、すでに末期だったという人も少なくはない。

連載記事のバックナンバー

新着記事

記事ランキング

おすすめ記事