難航する「希少疾病の治療薬」供給
「開発支援」は苦しむ患者の福音になるのか

 希少疾病の治療薬(オーファンドラッグ)の開発・供給が難航し、患者や家族が苦しい日々を過ごしているという。

 このタイプの病気の根本的な問題は、患者の絶対数が極端に少ないことだ。病気の原因の解明や治療法の確立、そして治療薬の開発・商品化のネックになっている。

 こうした中で、厚生労働省も手をこまねいたわけではない。むしろ事態を憂慮して、1990年代前半から直接・間接の両面から政策的な支援を講じてきた。しかし、依然として、問題が解決したと言い難いのも事実。

 改善には、何がかけているのか。今回は、この問題を考えてみたい。

 昨年秋から今年初めにかけて、暗闇を手探りで進むような闘病生活を強いられてきた希少疾病の患者や家族に、新しい時代の到来を予感させる“事件”が起きた。

 最初は2010年10月18日のこと。世界的な巨大製薬会社のひとつ英グラクソ・スミスクライン(GSK)がロンドンで、約200の希少疾病にターゲットを絞って重点的にオーファンドラッグを開発・商品化するという野心的な経営方針を公表したのだ。その選定のためには、患者数や重症度などの最新情報を医療従事者や患者から収集するという。

 2番目が起きたのは2011年2月16日。仏製薬大手のサノフィ・アベンティスが巨費を投じ、独立系の米バイオ医薬品会社ジェンザイムを買収する合意に達したと発表した。ジェンザイムは1981年創業のこの業界としては若い会社だ。何より「創業時から遺伝子研究を得意とし、そうした技術を活かして希少疾病の治療薬を含むバイオ医薬品に強みを築いてきた製薬メーカーである」(中村良和ジェンザイム・ジャパン代表取締役)。

 2つの“事件”の背景には、長年、生活習慣病などを収益の大黒柱に据えて、その供給に軸足を置いてきた世界の医薬品メーカーの開発の最前線で、大きなうねりが起きていることがあった。ちなみに、円ベースの売上高でみると、GSKは世界3位、サノフィは同2位に名を連ねている。

 一般には馴染みが薄いが、世界には6000とも8000とも言われる希少疾病が存在する。厚労省の定義に従うと、個別の希少疾病の患者数は「5万人以下」だ。加えて、希少疾病は難病でもある。症例の乏しさがネックになって、原因解明や治療法の確立が容易でないことも、その特色だ。

 そうしたことから、治療薬の開発・商品化は非常に困難だった。業界関係者によると、製薬というビジネスは、ひとつの薬の開発期間が7年から14年と自動車や電機といった製造業では考えられない超長期に及ぶ。しかも、開発に成功する確率が2万分の1以下と異常に低い。極端にリスクの高いビジネスとされてきた。

 それゆえ、多くの国々は医薬品に特許だけでなく、医療保険で薬価を定めて業績が市場動向にあまり左右されない安定的な収入基盤を製薬会社に保証し、政策的に開発や供給を促してきた歴史がある。

 ところが、希少疾病の治療薬となると、国内の患者数は、数10人とか数100人という例が珍しくない。言い換えれば、あまりにも市場規模が小さ過ぎて、生半可な政策支援だけでは投資を回収できる可能性が乏しかった。

製薬会社の社会的貢献と善意に依存

 状況に変化の兆しが出てきたのは、ごく最近のことだ。これまで製薬会社にとってドル箱だった心臓疾患や脳疾患の医薬品の特許切れと薬価の引き下げが迫っているからだ。

 このため、新たな収益源を育成するため、希少疾病の治療薬を含むバイオ医薬の分野に重点のシフトを狙う製薬メーカーが、世界の強豪と言われる会社の中から登場し始めている。そして、そうした風潮を象徴するのが、冒頭に紹介した2つの事件だった。

 ただ、手放しで喜ぶのは早計だ。環境に変化の兆しが出てきたというものの、患者の絶対数が少なく、投資の回収が容易でないという根本的な問題は何ら変わっていないからである。

 筆者は本稿を執筆するため、内外の製薬メーカー4社と業界団体を取材してみた。が、結果は、予想通り、希少疾病の治療薬の開発・商品化を100%市場に委ねるという選択肢には無理があるとしか思えないものだった。

 例えば、世界最大の売上高を誇る製薬会社米ファイザーは、希少性疾患の治療薬としてメトロニダゾールという薬品を開発すること公約している。

 ところが、同社は取材に応じ、「メトロニダゾールの開発は、当社の戦略分野のひとつである感染症の抜け穴部分を埋めることが主眼で、この薬自体に収益性があるとは考えていない」(小野嘉彦レギュラトリー・インテリジェンス部長)と率直に内情を明かしたのだ。

 希少疾病の治療薬の開発・商品化は、現在のところ、製薬メーカーの社会的貢献という善意に依存しているのが実情なのだ。逆にいえば、市場任せで放任主義を採った場合、開発・商品化が大きく進むと楽観できるような状況にはないというのである。現状では、新薬の開発には大きな限界がある。

 そこで注目されるのが、政府や自治体による政策的な開発・商品化の支援である。

 あの市場至上主義の国、米国でも、そうした観点から、支援制度が存在する。根拠法は、1983年制定の「希少疾病用医薬品法」だ。米食品医薬品局(FDA)が認定すれば、7年間の市場独占や臨床試験費の補助、臨床研究費用の税額控除、医薬品審査手数料の免除など手厚い支援を受けられる仕組みになっている。その指定条件は、米国内の患者数が20万人以下で、米市場で投資の回収が見込めないこととなっている。

 日本も1993年にオーファンドラッグの支援制度を整備した。その後も、様々な開発支援策を講じてきた。薬事法に定められた指定要件は、国内の患者数が5万人以下であること、代替する適切な医薬品や治療法がないこと、そして、開発できる可能性が高いことなど。指定を受ければ、試験研究資金の助成や、助成分を除く試験研究費に対する税制優遇だけでなく、速やかに医療の現場に薬品を提供する道を開く優先審査の適用、再審査までの期間の延長といった様々な恩典を受けられることになっている。

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