経済・財政
浜田宏一イェール大学教授「日銀の政策は"too little,too late"だ」
憂国のインタビュー第2回  聞き手:高橋洋一

第1回はこちらをご覧ください。

浜田: バーナンキは恐慌の専門家の世界的権威と呼んでもいい人ですけど、リーマンショック後、彼が議長を務めるFRBでは大幅にバランスシートを膨らませた。いってみれば、貨幣の供給量を増やしたわけです。

 それから非常に尊敬されたファイナンスの学者・マーヴィン・キングが総裁を務めるイングランド銀行も、アメリカ以上に増やしたんです。

高橋: 欧州中央銀行もそうだった。イギリス同様、非ユーロ圏のスイス、スウェーデンもそうでしたね。

浜田: アジアでは、韓国も金融を大幅に緩和しました。自国通貨も従って下落しました。

 そういう国々ではこの政策が非常に上手くいっていて、少なくともその政策を続けている間は物価の下落を反転させて、不況からもある程度回復させることができた。

 ところが日本だけはそうせずに、「日本は今までの金融秩序が安定しているんだからいいんだ」と主張続けたわけですね。

 まるで白川さんの頭の中は、眼前の花壇である金融業界さえ安定していれば、一般国民がどんなに失業してもかまわないと思っているかのように見えます。教えていたときには、人の苦しみもわかるような学生と思っていたが、失業、倒産の苦しみより日本銀行の組織防衛のほうが重要になってしまったのでしょうか?

高橋: その結果起こったのが極端な円高、それも30%もの円高でしたね。

浜田: 輸出業者は価格が30%上がった商品を売らなくてはならないわけです。もちろん純粋に輸入だけしている企業、あるいは海外生産を徹底しているユニクロのような企業にはメリットがあるでしょう。しかしそのユニクロと競争している国内の小売り業者のことを考えれば、競争相手の仕入れ価格が30%も下がってくるわけですから、これは大変です。

 それなのに日本で民主党の名の通った議員の中にも、「円高になっても輸入を見れば日本経済にプラス面がある」なんて言う人がいるわけです。

 この点については、ハーバード大学のデール・ジョルゲンソン教授が慶応大学の野村浩二准教授と一緒に論文を書いています。

 そこでは円高の負担が各産業にどれくらいかかっているかが議論されている。

 つまり、大蔵省国際金融局やその後身である財務省国際局が「過去20年の実質為替レートは変わっていないんだからいいんだ」と言っているのはまったくのウソなんです。各産業ごとにそれぞれ痛みが違うということが科学的に分かっています。それにも関わらず、円高はいいことだっていう声が今でも上がるのは理解に苦しみますよ。

高橋: 為替レートは各国のマネーの量で決まって来るというのは今や世界の常識ですが、日本ではその常識が全く顧みられていません。驚くべき事に、財務大臣の野田さんでさえ、今でも「為替レートは当局の介入で決まってくる」と思いこんでいるんです。

 どこの国でも、為替は金融政策で決まってくるという原理は知っている、そのうえで政治的に交渉する人はいますけど、それは原理を知ったうえでのことです。日本の野田大臣だけがその原理すら知らないんです。

2万7000人の兵を脚気で失った日露戦争の教訓

浜田: 鉱工業生産で見る限り、リーマンショック以降の不況で、世界中でもっとも痛手を受けたのは日本の産業でした。リーマン危機の震源地であるアメリカやイギリスの損傷よりも日本経済の損傷のほうがきわめて大きかったのです。

 それが今もってまだ治っていないというのが実態です。

高橋: 当時大臣だった与謝野さんは「蚊にさされたようなもの」なんて言って、無策でしたからね。

 IMFが発表したGDPギャップを見ると、リーマンショック以降、日本が世界一大きいわけです。危機の震源地でもなく、輸出依存のそれほど高くない国のGDPギャップが一番大きいなんてありえないことです。

浜田: こういうふうに見ていると、やっぱり間違ったことを信じた大臣がいるとか、間違った学者が政治家をサポートしているという状態は、将来の国民にとって大変なことです。

 日露戦争当時、兵士の間で脚気が非常に流行ってたくさんの兵士が命を落としたそうです。脚気の原因はビタミンB1の欠乏によるものですが、当時、海軍の軍医が麦飯を食べると脚気にならないことを発見したわけですね。以後、海軍では劇的に脚気の兵士が少なくなっていった。

 ところが陸軍では、軍医の森鴎外が兵士に麦飯を与えるのに反対した。そのために最終的に日露戦争では陸軍で2万7000人以上の兵士が脚気で亡くなったそうです。

 国や組織のリーダーが、直面する問題についての正しい解決策があるのに、それを知らなかったり、知っていても無視するような態度を取ると、取り返しのつかない惨事を招いてしまうのです。

 デフレになって不況が深まって、世を儚んで電車に飛び込む人もいます。

高橋: 今の政権は与謝野さんだけでなく、間違っている人がかなり多いですよ。

 現在は閣僚じゃありませんが、仙谷さんのように「デフレギャップはそのままでいい」なんて言っている人も民主党にはいる。こんなことを与党の幹部が口にするのは、たぶん世界的に例がない。

 与謝野さんは自民党議員だった当時、「たとえデフレギャップがあっても、ボトムよりちょっとでも潜在成長率が高くなれば増税する」と何度も繰り返したんです。

 それで「デフレギャップがあるときでも増税ですか」って確認したんですけど、「そうだ」と。デフレギャップが40兆、50兆あっても、上昇過程になったら増税すると。

浜田: 私は政治家だけじゃなくマスコミ関係の人が勉強していないと言いましたが、例外もあって、数人の方はよく理論されていて、経済を分かった上で言論活動をされています。産経新聞の田村秀男さんもその一人ですね。

 田村さんは、橋本政権のときに消費税を3%から5%にした結果、消費税による税収は4兆円増えたけれど、デフレギャップがあるときだったので、逆に所得税と法人税で5兆円以上税収が減ってしまったと書かれています。

 だから橋本政権の消費税増税は結局、税収アップの助けにならなかった。菅政権にとっても、消費税を上げると大変なことになるんじゃないかと思うんです。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら