大特集 菅内閣、突然死3秒前
ああ、民主党政権 3月2日に政変!

オフレコ・メモ大公開

 口先で国会議員になり、口先で大臣を務め、口先で党代表をこなしてきた。でも、それで総理大臣をするのは無理だった。お疲れさま、そしてさようなら。菅首相、あなたの退場をみんなが願っている。

大政局が始まる

 昔、宋という国の君主・襄公が、理想を掲げ、大国・楚に挑戦をした。河を挟んで決戦の時を迎えた際、楚軍が渡河を始める。襄公の側近は、「敵の隊形が整っていない今が好機です。攻撃しましょう」と進言した。

 しかし、襄公は「人の難儀につけこむのはよくない」として、動こうとしなかった。結果的に戦は大敗。襄公は敗走の際に負ったケガが原因で、まもなく死んでしまった・・・。

 いわゆる「宋襄の仁」である。時と場合を考えず、敵に無用の情けをかけたり躊躇をしたりすると、結局は自分や自国が滅びることになる。口先で理想を掲げるだけでは、政治は行えない---。この故事は、過酷で峻烈な権力闘争の〝現実〟を、現代に伝えている。

 おそらく菅直人首相も、いまこの言葉を噛み締めていることだろう。〝敵〟を一度叩くと決めたなら、徹底的に叩きまくり、完全に穴埋めにするべきだった。でなければ、死ぬのは自分なのだ。この政治の〝鉄則〟を貫けなかった菅首相には、無残な最期が待っている。

 2月15日に開かれた民主党の常任幹事会で、小沢一郎氏には「党員資格停止」の処分が下される方針が決まった。事前に、離党勧告もしくは除名、もっとも重い処罰としては議員辞職勧告までもが囁かれていながら、菅首相や岡田克也幹事長らが出した結論は、いかにも中途半端なものだった。

〝即死〟を免れた小沢氏には、待ちに待った逆襲のチャンスが巡ってきたことになる。小沢氏はその直後、配下の議員らに、こう大号令をかけた。

「菅政権はおしまいだ。本年度予算を成立させることはできない。菅には、もはや選択肢はない。3月に衆院解散、4月の統一地方選と衆院選のW選挙になる。急いで準備を進めておけ」

 首領のゲキに、小沢一派は色めきたった。2月17日、ついに配下議員が行動を起こす。渡辺浩一郎氏、川島智太郎氏ら、比例単独選出の衆院議員16名が、党に対して「会派離脱」を宣言したのである。

「われわれの目的は、菅首相を退陣に追い込むことです。このままだと民主党は、4月の統一地方選で壊滅的大敗を喫する。何としてもそれまでに菅首相を引きずり下ろさなければならない。これでも首相が居座るようなら、親小沢でも反小沢でもない、中間派の議員からも同調者が出てくるはず」(小沢派若手議員)

 小沢氏の強制起訴が決まってから4ヵ月。菅首相が小沢氏を完全に葬り去るチャンスは、いくらでもあった。首相がその気になれば、小沢氏に「イヤなら出て行け!」と通告し、いつでも追放することができた。

 しかし、菅首相にはそれができなかった。小沢氏の処分を岡田克也幹事長に丸投げしたものの、岡田氏はまったく役割を果たせず、結論はうやむやになった。

 因果は巡り、今度は首相自らが、存亡の危機に立たされている。

「3月2日」---。この日は、菅政権の事実上の命日となる。政府は2011年度予算案(本予算案)とともに、その執行を裏付ける予算関連法案を、3月2日までに衆院を通過させようとしている。

 本予算案は、その日までに衆院を通過さえすれば、たとえ〝ねじれ〟状態の参院で否決されても、30日後には自動成立し、年度内に決着がつく。

 ところが、本予算のうち約40兆円を占める赤字国債を発行するための特例公債法案、民主党の公約・子ども手当法案など予算関連法案を成立させるには、参院での否決後、衆院に持ち帰って今度は「3分の2」超の賛成を得なければならない。

 それが、今回の小沢グループの反乱により、ほぼ絶望的となった。

「小沢派が16人も離反してしまったら、仮に国民新党、社民党、他の無所属議員が賛成に回っても、衆院の3分の2(現在は318名)にはならない。反乱が広がったら本予算の成立も危うくなってきますし、野党が内閣不信任案を出してきた場合、可決されてしまう怖れもある。菅政権は事実上、これで終わった」(民主党ベテラン議員)

 いまや民主党内の誰もが、菅政権の「突然死」を予感している。その兆候は、小沢派の反乱以外にも、枚挙に暇がない。永田町では一挙に、「大政変」へ向けた政局流動化が始まった。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら