永田町ディープスロート

似た者夫婦な感じ・・・
ついに登場!
「野田夫人」って、どーよ

2011年10月03日(月) 週刊現代
週刊現代
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夫に同行して外遊する際、夫以上に晴れ晴れとした表情で手を振っていた鳩山幸夫人。夫の外食にほぼ毎回同席し、官邸にも居座って「陰の総理」とまで揶揄された菅伸子夫人・・・・・・。

 婦唱夫随という言葉がピッタリだった前任のファーストレディたちに比べ、野田仁実夫人(48歳)は、いまのところ雰囲気がかなり違う。

〔PHOTO〕gettyimages

 「国連総会出席のため、9月20日に政府専用機でニューヨークに出発する際も、仁実夫人は恥ずかしそうにモジモジしていて、周りに勧められるまで野田首相の隣にも立ちませんでした。首相が右手を上げて大きく振るのに合わせ、ちょっとだけ右手を上げて、小さく振っていた姿が印象的でした」(全国紙政治部記者)

 自らをどじょうに喩える夫に付き添い、縁の下を支え、ついにファーストレディにまで上り詰めた仁実夫人は、なんだか似た者夫婦な感じにも見える。

 ただ、野田首相と出会った'88年頃、夫人は「近所でも評判の美人」として、地元では知られた存在だった。仁実夫人の実家は、荒川沿いのゼロメートル地帯に広がる下町の真っ只中にある。最寄り駅からは徒歩15分はかかる、少々、交通の便が悪い場所だ。

 夫人の実家の近所の住民はこう語る。

「仁実さんは、この辺りでは一、二を争う美人として知られていたんですよ。いまはちょっと太っていますけど、昔はそりゃ、キレイな人でした」

 一部には、若い頃の仁実夫人のことを「浅野ゆう子似の美人」と報じたメディアもある。確かに、'93年に野田首相が衆院に初当選した際の映像を見ると、隣に佇む夫人は、スレンダーな和風美人といった形容詞がふさわしい。

 彼女の実家は江戸川区内でガラス工場を経営していた。かつては20人ほどの従業員を抱える規模の会社だったが、現在は操業を止め、工場の跡地に3階建てのビル形式の共同住宅がたっている。そこで、仁実夫人の両親と妹夫婦、その子どもの5人家族が暮らしている。

 下町の中小企業とはいえ、当時はれっきとした〝社長令嬢〟である。仁実夫人は小学校から区外へ越境入学し、中学・高校も都内の私立三輪田学園に通った。そして高校卒業後は音楽系の大学に進み、声楽などを学んでいたという。

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