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大研究シリーズ 他人に聞けない遺伝の秘密
[前半]

 人間は誰しも両親からそれぞれ50%ずつ、遺伝子を受け継ぐ。では、親からのギフトである遺伝子が優れていれば、生まれながらに優位に立てるのか。
  この特集を読み終えた時、あなたは「人間は平等だ」と言い切ることができるだろうか。

1.「遺伝子」を調べれば、たいていのことが分かる 寿命もがんも成人病も

「たとえば、野菜の中でもっとも苦みが強いのはブロッコリーと言われるのですが、ブロッコリーが嫌いな子供の遺伝子を調べると、普通の人よりも苦みを強く感じているらしいことが分かった。また、100歳以上の人の遺伝子を調べると、特定の遺伝子を持っている人が多いことから、長寿に関係する遺伝子があることも明らかになりつつある。その遺伝子を持っているかどうかで寿命が20年くらい違ってくるんです」(東京大学大学院総合文化研究科・石浦章一教授)

 人間の遺伝子は約2万3000個。それら一つ一つの遺伝子は、人間にとってどんな意味を持っているのか。この研究は世界中で目覚ましいスピードで進んでいる。たとえば、がんに関係する遺伝子は2365個、てんかんに関わるのは503個、知能に関すると見られる遺伝子も400個以上見つかっている。

 倫理的な問題はあるが、遺伝子は一人の人間の中で不変だから、胎児の段階で遺伝子を調べれば、長生きするのか、野菜嫌いになるのかなども分かってしまう。まだラットを使った研究段階ではあるが、浮気しやすい性格に関係する遺伝子まで発見されている。浮気癖くらいならいいが、一部のがんについては、遺伝子を見ることで、何歳ぐらいで発症するかということさえ分かるのだ。

 北海道大学大学院医学研究科の西原広史特任准教授が語る。

「乳がんのなかにはBRCAという遺伝子の異常が関係しているものがあります。このタイプの乳がんは30代で発症する可能性が高い。成育過程で遺伝子に異常が起きることもありますが、先天性の人もいるので、これは遺伝子検査をすれば分かる。アメリカでは異常が見つかると10代のうちに両乳房を取ってしまうこともあります」

 大腸がんにも遺伝性のものがあり、これはAPCという遺伝子の異常が原因だ。そのまま放置すれば、ほとんどの患者が25歳までに亡くなるといい、祖父母、親と何代にもわたって大腸がんになっているならば、遺伝性を疑ったほうがよい。

髪の毛でボケるかどうか分かる

 ただし、専門家が一様に指摘するのは、日本人の3人に1人ががんで亡くなる現状において、遺伝だけに要因を求めることはできないということ。肺がんの煙草のように、遺伝にプラスしてがんの原因になるものは多い。前出の西原准教授も、「家族にがん患者がいる人は、いない人よりがんになるリスクは高い。いわゆるがん家系というものです。しかし、これは乳がんのBRCA異常や大腸がんのAPC異常のように必ずがんになるというものではありません」と言う。

 遺伝子を見れば分かる病気で、がん以外に研究が進んでいるのがアルツハイマーである。そのなかでも「家族性」と呼ばれるものは、特定の遺伝子によって引き起こされる。家族性アルツハイマーはアルツハイマー患者全体の5%未満だが、通常のアルツハイマーが70~80歳で発症するのに対し、40~60歳と若いうちに発症するのが特徴。さらに通常のアルツハイマーも遺伝子を調べれば発症する年齢を絞り込める。

「極端に言えば、髪の毛を2~3本取って調べれば、あなたは70歳でボケる、あなたは90歳で、というのがだいたい分かる。日本人は95歳で生きている人のほぼ2人に1人がボケる。しかし、アポE4という遺伝子を持っている人は75歳で2人に1人の割合になります。アポE4を持つ人すべてが発症するわけではありませんが、ボケやすいかそうでないか、またボケやすい人が何歳くらいで発症するかは、かなりの確率で分かると言っていい」(前出・石浦教授)

 病気の発症年齢は環境にも左右される。発症する前に寿命が尽きれば、結果的に遺伝子の影響は受けなかったことになる。では、人間の寿命は遺伝子で、どの程度分かるのか。

 大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学の森下竜一教授に聞いた。

「人間の寿命は120歳で、それ以上は無理だと考えられています。どれだけ健康でも、神経細胞が死んでいくからです。でも、当たり前のことながら、みんなが120歳までは生きられない。病気になったり、日々の不摂生がたたったりして亡くなっていく。将来、どんな病気になる可能性があるかはある程度分かっていても、すべて解明されているわけではない。いまは何歳まで生きられるかというよりも、なぜ120歳まで生きられないのかを解き明かしている段階です」