平松邦夫×内田樹「『落ちこぼれ』こそがイノベーションを起こす」
「教育は誰のためにあるのか」とことん語ろう 最終回
写真向かって左から平松邦夫市長、内田樹教授

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クレーム対応は教師の仕事じゃない。

平松: そうすると、最初の話に戻りますけども、学校教育についてはクレーマー対策みたいな、「対策」とか言ってるとダメなんですか、逆に。

内田: そうです。今は、伝統的な、惰性的な学校教育が市場原理の中に放り込まれてしまって、その中で教師も混乱してるし、保護者も混乱してる。メディアで教育を語る人たちのほとんどが、教育はビジネスだ、商取引だ、等価交換だと言い続けてきたので、日本人全体がそうだと思い込んでいる。前回話した『坊っちゃん』の6類型にしたって、それは子どもの市民的成熟のための装置だからです。単に学校に行って「金になる」知識や技術や情報を身につけようと思っている人には意味不明なわけです。

 学校は市民的成熟のための場だという社会的合意があるからそういう仕掛けも成立するわけです。「うちの子どもにはとにかく個性を発現してほしい」とか「別に人格陶冶なんかしてほしくない、学力が上がればいい」とかいうふうに保護者が思ってるのであれば、学校とぜんぜん噛み合わないです。

 だから、クレーマー親に、従来型の惰性の強い教師集団は対応しようがないんですよね。だって、これは「先生はえらい」というか、「学校行かなきゃだめだ」「学校のことに関して親は口出ししない」という前提の中でつくられたシステムなんであって。消費者が製造元に製造責任を求めるような類のクレームをつけることに対して対応できるはずがない。

 僕も長くやってきて、やっとわかったんですけど、クレーマーに対しては、「先生たちは対応できずに困惑している」というのが、おそらくいちばん正直で、いちばん真っ当な対応だと思うんですね。

平松: ほう。

内田: だって困りますもん、やっぱり。言葉がないんですよ、本当に。クレーマーに対してスラスラと「いや、その問題はこうなんですよ」とか言って、さっさと対応できるような教師がいたとしたら、その教師は教師じゃなくて、弁護士ですよ(笑)。でも学校教育には弁護士は要らない。