政局
「ポスト菅」のお声がかからない岡田克也に「挽回のチャンス」はただひとつ
愛知県知事選、小沢問題、国会運営でも失点
田崎 史郎
政権交代後は外相、幹事長と要職を歴任してきたが  photo:getty imeges

 民主党議員と会っていると、空気の大きな変化に気付く。菅政権を積極的に支えようという議員が政権中枢部のポストに就いている人以外にほとんどいなくなり、次に誰を担ぐかを真剣に考えている。

 そこで上がってくる名前は外相・前原誠司、財務相・野田佳彦、元国対委員長・樽床伸二、前総務相・原口一博、前国土交通相・馬淵澄夫らだ。民主党代表代行・仙谷由人(前官房長官)、官房長官・枝野幸男、首相補佐官・細野豪志の名前を挙げる人もいる。

 不思議と、幹事長・岡田克也を積極的に推すという人に出会わない。2009年5月の代表選で前首相・鳩山由紀夫と互角の戦いを演じ、民主党政権下で外相、幹事長という重要ポストに就いているにもかかわらず、だ。

 むしろ、岡田に対する批判が目立つ。岡田が陣頭指揮した愛知県知事選、名古屋市長選で、民主党推薦候補がトリプルスコアで負けるという惨敗を喫した。しかも、市長選で衆院愛知6区選出の民主党議員が辞めて立候補したために、4月24日に同区で補欠選挙を行うことになってしまったからだ。

 この補選の時期は実に微妙だ。予算関連法案が不成立後も居座る構えの菅が、選挙で示された「民意」によって退陣に追い込まれる可能性をはらんでいる。

 もちろん、補選で敗北するとは限らない。しかし、「小沢さん(一郎元代表)なら、民主党衆院議員の辞任を許さなかっただろう。政局が微妙な時期に補選が行われるようなこと、かつ、1議席を争う予算関連法案の衆院再議決にマイナスになるようなことはしなかった」という声が党内に根強い。

菅の信頼の厚さは仙谷以上だが

 次に、小沢の「政治とカネ」問題の処理も稚拙だ。

 小沢が検察審査会で二度目の「起訴相当」の議決がなされ、強制起訴されることが決まったのは昨年10月4日。その後、岡田は野党の証人喚問要求に対し「どういうことを聞こうとしているのか、明確に答えてもらいたい。何を聞きたいのか分からないのに、答えるというのはあり得ない」(同20日)などと言い続けた。

 岡田がようやく動き始めたのは昨年12月8日、菅が政倫審での招致議決を視野に党内調整をするように指示してからだった。それもスムーズに進まず、あえなく年越しとなり、今年1月24日の通常国会召集前には議決するのかと思ったら、その直前に、「議決をしても小沢さんは出ないのだから、議決の意味がない」(1月20日、愛知県豊橋市で記者団に)
-と語り、断念してしまった。

 いったん方針を決めたなら、決して引っ込めてはいけない。相手から「従わなければ、諦めるに違いない」と思われてしまうからだ。

 そもそも、政治闘争において、いったん動かし始めたら相手が息をつく暇がないほどに攻め立てなければならない。そうしないと、相手に考える時間を与え、思わぬ敗北を喫することがある。

 小沢に対する処分は今週中にも決まるとみられている。しかし、検察審査会が再議決した10月4日以来、約4カ月半もかかっている。この間に、民主党はどれだけ国民の信頼を失ったのか……

 岡田はまた、与野党折衝に関して驚くべき言葉を残している。昨年11月22日、当時の法相・柳田稔を更迭した際、記者団に、補正予算案採決の約束を野党から取り付けているかの確認を求められた時だ。

「いまの国会は55年体制ではない。先々の(国会審議の)ことまでを(手を)握ったとか握らないとか、そんな古い政治をわれわれはしていない」
国会運営において、与党の幹事長は野党と内々に話を詰めておくことは政治の日常であり、古いか新しいかの問題ではない。

 こんな岡田を、菅はもっとも信頼している。菅は民主党議員に以前、こう語っていた。
「年金未納問題で代表を辞任した時(04年5月)、最後に『辞めてください』と言ったのは岡田だった。しかし、岡田はそんなことは表で一切言わず、オレを守ってくれた」

 菅の岡田に対する信頼は仙谷をはるかに上回っている。そのことが分かっているが故に、仙谷は野党対策について「それは岡田の仕事だ。菅総理がそういうシフトを敷いたのだから」と漏らし、折衝の前面に立っていない。

 関連法案が成立せず、菅の進退が窮まるとしたら、その責任は岡田にある。岡田が「ポスト菅」の有力候補として評価されることがあるとすれば、なかなか辞めそうにない菅に対して引導を渡した時だけだろう。(敬称略)

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