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あの名門メーカーどうなった?
意外と知らない英国車&英国クルマ事情

日本のこうならなければよいが特集
この人がキャメロン首相。今回の暴動騒ぎでようやく日本でもカオが売れた。これまでは英国史上初のタトゥーを入れたファーストレディのサマンサ夫人のほうが有名だったかも

 ふだんイギリスのことには気を払わない日本人も今回の暴動騒ぎには目を見張ったはず。首相がキャメロンという名前だと初めて知った人も多いはず。そしてクルマのことも気になった。イギリスは、今やブランドこそ残ったがことごとく外国資本となり、純粋な『英国メーカー』といえるのは家族経営で少量生産するモーガンくらいになってしまった。

 ちなみに1960年の英国の自動車生産台数はアメリカ、ドイツに次ぐ第3位で日本はその頃いすゞがヒルマンを、日産がオースチンをパートナーに選んで一生懸命イギリスから自動車のことを学んでいたころだった。

 現在でもミニがオックスフォードでジャガーがバーミンガムでという具合に生産されているが、英国で最も大きな自動車生産工場はイングランドの東北部にある日産のサンダーランド工場でキャシュカイやジュークを生産し今後リーフも生産予定で、増設や雇用拡大を行ない、英国政府の信頼も厚いのだという。

 そのほか日本メーカーはトヨタが中部のバーナストンに工場を持ちオーリスや日本にも導入されたアベンシスを生産、ホンダはロンドンの西にあるスインドンに工場を持ち、シビックやCR-Vを生産している。

 なぜイギリスの自動車産業が凋落したかについては諸説あるが、最も大きかったのは'60年代後半からの主要な輸出先だったアメリカでの排ガス対策および安全対策の遅れであった。

 まさにここが分かれ目となり、日本車、フランス車の後塵を拝していく。大幅な赤字となった自動車メーカーは合併しブリティッシュレイランドモーターカンパニー(BLMC)を作るが、生産性は上がらず国有化され、ブリティッシュ・レイランドができる。このときジャガー、ローバー、モーリス、オースチンまで10ものブランドが寄り合い、安易なバッジエンジニアリングによる効率アップとコスト削減をはかった結果、一気にユーザーからそっぽを向かれる結果となってしまった。

 なんだかやたらOEMが流行る最近の日本と似ていなくもない。ものづくりの基本を忘れ、金儲けに走ったことが伝統あるブランドを外国資本に奪われていく原因となったことは否めない。他山の石として日本が学ぶことは多いのだ。