猪瀬直樹氏×田原総一郎 第1回 「徹底激論! なぜ日本は原発を制御できなかったのか」

猪瀬: こんど復刊した田原さんの『原子力戦争』(ちくま文庫)。これは1976年のものなんだけど、実は田原さんの本はいっぱい読んでるんだけど、これは読んでなかったのね。で、このあいだ読んで、「ああ田原さん、こんなことをやっていたんだ」と驚いた。

 40歳くらいでしょ、当時。パワフルなんだよ、とにかく。だいたいいまの原発の賛成だとか反対だとか、単に賛成反対と言うよりももっといろいろなバックグランドを巡る議論の背景とか、あるいはいろんなファクトそういうものが一通り全部書いてある。この構図の中に実は全部あるのね。田原さん、とにかくパワフルだったよ。

田原: いやいや。若いからね。

猪瀬:  『ドキュメント東京電力企画室』、これも30年くらい前でしょ。

田原: 32年前ね。

猪瀬: 僕がこの仕事を始めたころですよ。これも『原子力戦争』に続くパワーを感じる。やっぱり話が繋がっているわけね。

田原: そうですね。

失敗の構図は30年前と変わっていない

猪瀬: ついでに言いますけど、『黒船の世紀』が今度、中央公論から文庫本で出されましたが、もともとこれは20年くらい前の本なんですね。文春文庫だったんですけど絶版になっちゃったんで今度中公文庫で新しく出た。『昭和16年夏の敗戦』をこのあいだ再刊で中公文庫から出したんですが、まあ、そういうことで田原さんの本も僕の本もどちらも再刊なんですね。再刊だけど構図は変わってないよね。

田原: 変わってないね。猪瀬さんの『昭和16年夏の敗戦』ね、つまり20年じゃないんですよね。あれはよく見つけたね、あの研究を。

猪瀬: あれも28~29年前かな。

田原: 戦争をしたら絶対に負けるときちんと結論まで出ているね、戦争する前に。

猪瀬: 昭和16年夏に内閣総力戦研究所の若い研究員たちが、急遽集められるわけです。いろんな省庁にいる官僚とか、あるいは日本製鐵とか日本郵船とか、そういうサラリーマン、あるいは共同通信の記者も一人入っているんですよ、当時同盟通信って言うんですけどね。そういう30人くらい集めて模擬内閣を作れと、アメリカと戦争をやったらどうなるかシミュレーションをやれと。

 そこでいちばんポイントになったのは、エネルギーです。アメリカから石油が来なくなったという前提にしてますから、インドネシアに石油を取りに行く。アメリカから石油が来なくなった対日禁輸、そうすると戦艦大和どころかあらゆる兵器が動かなくなるわけですね、産業もそうです。

 そうすると結局日本が生きて行くにはインドネシアにある石油資源を、当時オランダ領のインドネシアから石油を運んでこなきゃいけない、タンカーに載っけて。タンカーに載っけて運んでくるときに、途中に潜水艦やらいろいろ駆逐艦とかアメリカに撃沈されたら、せっかく入れたタンカーは戻ってこない。というシュミレーションを徹底的にやるわけね。

 ロイズのデータを使ったり、イギリスの商船隊がドイツの潜水艦にやられる率とかデータがあるわけ。そういうデータで重ねていくとインドネシアに行って取ってきても全部途中で撃沈されちゃう。つまり戦争は資源なんですよ。結局産業革命以降の近代国家にとってはエネルギーがなかったら終わりなんです。戦争も結局エネルギー問題だった。

 田原さんがこの本を書いたころ、まだ僕はこの仕事をやってませんけど、オイルショックがあったり、やっぱりエネルギーなんだと感じた。1973年ですよね、オイルショックは。エネルギーがなければ終わりなんだと。あのとき中東から石油が来なくなった。「ああ、日本終わりなんだ」って思いましたよね。

 この『原子力戦争』が出たのが1976年。73年がオイルショックだから、それを多分きっかけに田原さん、「あ、原子力ってどうなってんだ」て取材を始めたと思う。いまの原子力政策もあのオイルショックから始まっているからね。ほんとはもっとあるけどね、核兵器を持とうとか、いろんな要素があるんだけど、そういうのがあるんだけど取り敢えずは代替エネルギーでまず原子力がいちばん注目されたころですよね。

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