小沢一郎は「司法のプロ」と「国民目線」、はたしてどちらに裁かれたいのか
「アマチュア集団」検察審議会が強制起訴

 検察官役の指定弁護士によって強制起訴され、刑事被告人となった民主党の小沢一郎元代表---。

 離党も議員辞職もしないと強気の小沢氏は、その理由を「検察の起訴とはまったく異質」と説明している。プロの検察官は有罪の確信がなければ起訴しないが、アマの検察審査員が起訴議決したものは「とりあえず法廷へ」といった程度の意識で行われており、辞める必要などないという。

 アマがプロに敵いっこない、といっているに等しい。しかし、これは小沢氏のこれまでの言動に、明らかに矛盾する。

 政権交代を成し遂げた小沢氏が、代表に担ぎあげた鳩山由紀夫氏とともに着手したのは「霞が関改革」だった。政治主導を持ち込んで、役所から人事権と既得権を取りあげ、すべてをスピードアップ、効率化を図ろうとした。

 だが、霞が関総体の反発を食らい、結局、現在の菅直人政権に移行するまでに、政治主導の旗はおろされ、逆に、民主党政権は、財務省をはじめとする有力官庁のしたたかな官僚によって、手のひらで踊らされている。

 検察とて例外ではない。小沢氏周辺の民主党議員から出された検事総長の民間人起用、検事正の公選制、取り調べの可視化といった改革案は、「法務・検察」にとって許し難い。、鳩山、小沢といった政権与党の実力者に弓を引く「政治資金規正法違反事件」での捜査は、「法務・検察」が鳩山・小沢に発した"警告"だった。

 周知のように、刑事司法を含む司法制度改革は、裁判所と検察と弁護士会の法曹三者が協調、検討を重ねるなかで制度が整えられていった。なかでも刑事司法の在り方を変えたのが、2009年5月に施行された「裁判員制度」と改正検察審査会法による「起訴議決制度」だった。

 政界の小沢氏らの動きと必ずしも合致するわけではないが、プロに委ねていた司法制度を、国民が参加する形に変えることで、法を身近にし、国民も司法に権利と義務を持つことを自覚させる狙いがあった。同時にそれは、「有罪率99・9%」という裁判制度を否定するような刑事司法の在り方に、改革を迫るものでもあった。

 「親父」と慕っていた田中角栄、金丸信の両氏が、東京地検特捜部に逮捕され刑事被告人となって法廷で裁かれるのを横で見ていた小沢氏は、「検察の独善」を誰より憎み、改革を夢見たはずである。

 昨年1月、元秘書の石川知裕代議士が逮捕された時、小沢氏は「民主国家でこういうやり方がまかり通るべきではない!」と、怒りを露わにした。

 「こういうやり方」とは、狙った標的(小沢氏)に行き着くために波状攻撃をかけ、周辺を絡めて逮捕に追い込んでいく「検察捜査」の手法を指す。

 確かに「石川逮捕」は、『読売新聞』をはじめとするマスコミと検察がタッグを組み、世論を喚起しながら到達したものだ。検査上層部の反対がなければ、「石川供述」をもとに、「小沢逮捕」に踏み切るハズだった。

 この独善と強引さが特捜捜査の病巣だ。それを生み出すのは、「特捜部」という最強兵器を持ち、起訴権を独占する「法務・検察」のシステムが原因だった。

 大阪地検特捜部が村木厚子さんの冤罪事件を引き起こしたうえ、証拠偽造まで行っていたことで、そのシステムにメスが入ろうとしている。「小沢捜査」もまた、同じ構図のなかで起こったことである。小沢氏とその周辺が検討していた「法務・検察」に外部の"血"を入れ、取り調べの可視化のようなチェックシステムを取り入れるという改革案の正しさが証明された。

 同時にその改革は、司法制度改革の「アマ=国民」の視線を取り入れることに重なる。「法律のことは俺たちに任せろ」という法曹三者のひとりよがりが、「プロ中のプロ」である検察の暴走につながったのであり、「アマの目」や「国民の常識や良識」は、必要なものだと見なされた。

自らの「正当性」をプロの判断に委ねるのか

 小沢氏の矛盾はここにある。

 プロにいたぶられ続けたのに、自らの正当性を「プロの判断」に委ねている矛盾。たとえそうすることが、離党や議員辞職しないことの"言い訳"だとしても、「筋道」を大切にするはずの小沢氏らしくない。

 さらに言えば、「アマ目線」を取り入れることに賛成(検察審査会の起訴議決制度は、小沢氏が代表代行時代の04年5月に民主党賛成のもとで成立)したはずの小沢氏を「起訴相当」としたのは"素人"の検察審査員だ。「素人目線」では、小沢氏はグレーということである。

 小沢氏は、石川氏から相談を受け、04年10月12日ごろ、自分の個人事務所で問題となった「世田谷秘書宅」を買うための費用の4億円を渡している。また、石川氏が、土地代の残金約3億4000万円を支払ったのは同月29日だが、その直後、小沢氏が銀行融資関係に署名の上、4億円の定期預金を担保に年450万円の金利負担を覚悟の上で、4億円の融資を受けている。

 小沢氏は、「コピー用紙はウラを使え」と指示するほど、経費に細かく、その命令は絶対だという。だとすれば、4億円の自己資金と4億円の借り入れに無頓着で、秘書に詳細な報告を求めることなく、指示することもなかったというのは、いかにも不自然だ。

 だから検察審査会は、起訴を議決した。疑わしきは法廷で裁けばいいという発想だ。本来なら小沢氏は、この「アマ目線」に立ち、「プロ目線」の地検特捜部と一線を隔すべきだろう。

 だが、自らの身を守るためそちらには立たず、「不起訴処分」の検察の判断を拠り所にした。どっちつかずのこの姿勢が、小沢一郎と言う稀代の政治家が追い詰められていることの証明のである。
 

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