メディア・マスコミ
「一面トップはニュース」の常識を覆したWSJ方式を『工場萌え』記事で読み解く
新聞の未来は「分析」にある

 1980年代後半、ニューヨークのコロンビア大学ジャーナリズムスクールに留学中のことだ。指導教官のブルース・ポーターから次の言葉を聞いた。

「1本の記事を書くのに100の労力をかけるとしよう。私の場合、100のうち50はリードのネタ探しに使う。インパクトがあるネタを見つけるためだけに、1週間以上かけることもある」

 たったの1段落しかないリード(前文)にこれだけ労力をかけるのか---。ポーターの授業は私にとって新鮮だった。すでに日本で4年以上の記者経験を積んでいたのに、初めて聞く話が満載だったのだ。

 大学で教えるかたわら、フリーランスとして「ニューヨーク・タイムズ・マガジン」などの有力誌に寄稿していたポーター。牛に鼻輪を付けてぐいと引っ張る身ぶりをしながら、大学院生十数人を前にしてこう続けた。

「なぜか? 理由は簡単。リードを読んでもらえなければ、残りも全く読んでもらえないからだ。リードとは読者をぐいと引きこむという意味。リードで失敗したらすべての努力が無駄になってしまう」

「1面トップはニュース記事」という常識を覆し大成功

 ポーターの話が新鮮なのも当然だった。事実を単純に伝える「速報ニュース(ストレートニュース)」ではなく、長文の読み物である「フィーチャー記事」をテーマにしていたからだ。日本の新聞社での勤務経験しかなかった私は、フィーチャー記事の書き方について体系的に学んだことがなかった。

 日本の新聞は今も昔も速報ニュースに傾斜している。紙面上は短い「日付モノ」が圧倒的な存在で、「囲み記事」などと呼ばれるフィーチャー記事はわきに追いやられている。日付モノではほぼ自動的に「5W1H(誰が、何を、いつ、どこで、なぜ、どうして)」がリードになるため、記者が独自性を発揮する余地は乏しい。

 アメリカではフィーチャー記事でも事実上のニュースとして扱われ、新聞の1面トップも飾る。フィーチャー記事のパイオニアが経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)であり、最大の功労者が「中興の祖」バーニー・キルゴアだ。

 前回(日本の新聞は「マックペーパーだ!」)でも書いたように、キルゴアは1941年に編集局長に就くと、「記事には『きょう』や『きのう』という表現は要らない」と宣言し、日付モノを排除した。それ以降、過去24時間以内に起きた主なニュースを一覧にして見せるコラム「ホワッツ・ニュース」を除くと、WSJの1面記事は全面的にフィーチャー記事に切り替わった。

 要するに、日本の新聞とは逆に、WSJの紙面上ではフィーチャー記事が圧倒的な存在で、日付モノはわきに追いやられていたわけだ(メディア王ルパート・マードック傘下に入った2007年以降は、WSJでは「ホワッツ・ニュース」でなくても1面に日付モノが使われるようになっている)。

 なぜフィーチャー記事が必要なのか。世の中が複雑化していくなかで、単純な速報ニュースでは何が起きているのかをきちんと伝えきれないからだ。「きょう」や「きのう」に縛られなければ、重要なテーマについて柔軟に幅広く報道できる。

 フィーチャー記事ではニュースの定義が広い。一般の人たちが気付かないうちに起きている変化はすべてニュース扱いになる。特定の著名人や上場企業などの知られざる側面もやはりニュースだ。5W1Hが象徴する伝統的「逆ピラミッド型」と違って自由度が高いため、記者はネタの面白さや文章の表現力で勝負できる。

 キルゴア改革の目玉として、WSJ1面の第1コラム(左端)と第6コラム(右端)はフィーチャー記事の指定席になり、「リーダー(leder)」と呼ばれるようになった。深く掘り下げた長文の読み物が毎朝、新聞の1面トップを飾るのである。日本の新聞紙面上ではまず見られない光景だ。

 リーダーは「1面トップはニュース記事」という常識を覆し、大成功する。これによってWSJはアメリカ最大の新聞へ躍進するばかりか、アメリカの新聞記事スタイルに革新を引き起こすことになる。(ちなみに、リーダーは半世紀以上にわたって1面の第1コラムと第6コラムに置かれていたが、2007年の紙面デザイン変更によって定位置を失った。)

 フィーチャー記事で逆ピラミッド型が禁じ手なら、どんなスタイルで書けばいいのか。やや専門的になるが、1940年代以降のWSJで試行錯誤のうえで生まれたのが「WSJ方式」だ。典型的な記事は、以下のような構成になる。

1)逸話リード(anecdotal lead)---インパクトのある逸話を入れた前文
2)ナットグラフ(nut graph)---「この記事は何のか」を簡潔に説明する「知的」段落
3)ボディー(body)---ナットグラフを補強する材料で構成する記事本体
4)キッカー(kicker)---魅力的なコメントなどで全体を総括する最終段落

 特に重要なのが逸話リードとナットグラフだ。WSJ出身のリチャード・トーフェルは『レストレス・ジーニャス』の中で「逸話リードとナットグラフの2概念を発案したのはバーニー・キルゴアとビル・カービー(キルゴアの右腕)」と書いている。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら