平松邦夫×内田樹「『教育はビジネス』という勘違いがクレーマー親を生む」

「教育は誰のためにあるのか」とことん語ろう 第1回

 一方で、今は行政のトップになって、特に義務教育の責任者になるわけじゃないですか、一応。もちろん教育委員会もありますけど。義務教育というのはさっき言ったように、押さえつけてでも「この社会をどうあなたたちは背負っていくのですか」という基本の入口を教えないといけない。ところが、そうあるべき部分が何もかも点数至上主義になっていく怖さを感じています。

 大阪市においても、平成23年度から10年間の計画を立てなきゃいけないということで、担当は担当でいろいろ苦労して教育振興基本計画をというのを作っているんです。教育基本法の17条2項で、「地方公共団体は国の計画を参酌し、それぞれの地域に応じた教育施策に関する基本計画を定めるよう努める」とされている。ここでどこをしっかり読むかというと、私は「それぞれの地域に応じた」っていう部分に重きを置きたいんです。

 義務教育の入口においては、みんな同じような段階で入ってくるはずだけど、地域といってもいろいろあるんですよね。ただ大阪や関西っていう地域性を考えると、コミュニケーション能力や、あるいは温かさとか広さとか、余裕やゆとりとかいう部分は、まだまだある地域なんだと思ってるんです。だから、そういう地域特性をぜひ現場に生かして欲しい。そういうふうに言い続けているんです。

 それから、さっき瀬尾さんがおっしゃった、クレーマーに近い者への対峙のしかた。対決するんじゃなく、クッションになる対応って絶対あるはずなんです。ところが、先生が持っている権限とか、与えられている裁量の範囲みたいなものが極めて狭められているんじゃないかという気がする。しっかりバックアップする人間が組織にいるのかどうかも含めてね。

「とりあえず自分の思うようにやってください」という体制があれば、何か文句を言ってこられたクレーマーに対してもすっと受けられる。いくら強い玉を放られても、ミットの出し方によっては痛いですけど、それを柔らかく受け止めると相手の勢いはその時点である程度は弱まるはずなんですね。そういった対応をしている先生をしっかりと後ろで支える、「大丈夫、俺が見てる」というような体制を作らないと、なかなかうまくいかないんじゃないかと。

内田: そうですね。問題なのは、教師たち自身が「自分たちは教育商品を売って、消費者に買ってもらっている売り手なんだ」というふうに市場原理の教育観を少なからず内面化していることなんです。商品を提供する側とそれを買う消費者という図式で考えれば、当然ながら、「お客様は神様」だということになる。

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