「統治とは選択である」ことを知らない菅内閣という悲劇
財政再建よりもデフレ脱却を
〔PHOTO〕gettyimages

 菅内閣は迷走を続けている。統治することを真剣に考えたことのない政治家によって導かれる政府の悲劇である。素人政治もここまでくれば、笑う気にもなれない。

 国会対策も稚拙である。ねじれ国会の下では野党の協力がなければ国会は動かない。それを、「歴史に対する反逆行為」だと言ってみたり、審議拒否する野党は国民が見離すと勝手に都合のよい解釈をしたり、まさに自己を中心に世界が回っているかのような幻想を抱いている。「熟議」という言葉が空回りしているようだ。

 ダボス会議出席もよいが、この会議に出席したから世界の指導者になれるというものでもない。国際的な貢献をして世界の指導者になれば、この会議での発言も重みを増す。6月までにTPPに参加することを決めるというが、それまでに具体的な農業再生策をまとめることができるのか。国内でも、マニフェストという嘘を並べて、国民を欺いてきた。海外でも実現不可能な約束をして、嘘と恥の上塗りをしようというのであろうか。

 フランス第四共和制の名宰相マンデスフランスは、「統治するとは、選択することである」という政治哲学の下、政府を率いていった。政治家なら、多くの政策を実現したいに決まっている。しかし、資源も時間も限られている。その中で何を選ぶのか、その優先順位をつけることこそ、政治の仕事なのである。

 与謝野氏の入閣によって、菅首相は、社会保障と財政の一体改革が内閣の最大の政治課題であることを明らかにした。それなのに、海外の格付け会社が日本国債の格を下げた話題について、「疎い」と暴言する始末である。菅さんも、財務大臣棄権者である。これでは、ますます日本国債の格は下がるであろう。

 財政再建は必要であるが、それよりも先にやらねばならないことは、デフレから脱却し、日本を再び成長の軌道に乗せることである。病人に、節約しろという前に、まずカネはかかっても病気を治すことが先決であるのと同様である。

 最近、過去の日銀の政策審議会の議事録が公表されたが、それによれば、ゼロ金利解除を断行した当時の速水総裁は、日銀の独立性を示すために、この天下の愚策を断行したという。日本経済よりも日銀の意地のほうが大事だというのだから、開いた口がふさがらない。国会で、私は、速水総裁を呼び、何度も日銀の政策の失敗を厳しく問い詰めたが、詭弁を弄して逃げ回るばかりであった。

日銀と検察は似ている

 この日銀の金融政策の誤りをどう直していくのか。失敗しても、日銀は責任をとらない。総裁も、副総裁も職を辞したり、国会で問責されたりすることもない。日銀の独立性を盾にとってのことである。日銀は、検察と似ているのかもしれない。最高裁判事でも、国民審査で罷免できる。国民が辞めさせることができないのでは、腐敗するに決まっている。

 たとえば、このような問題点を認識した上で、菅首相は、デフレからの脱却について、日銀を指導することができるのか。政策目標を決めるのは内閣である。日銀の独立性とは、その目標を実現するための道具についてのみである。財務省に指導されている内閣ならば、せめて日銀くらいは指導したらどうか。

 経済が再生し、雇用が回復し、民の生活が豊かになってはじめて、増税が可能になる。介護や医療など社会保障にカネを回せば、内需拡大効果が大きいので景気が回復するというのが、菅さんの口癖である。内需拡大効果については認めるとしても、そもそもカネをどこから持ってくるのか。これこそが、私が「セーフティネット論の陥穽」と呼ぶものなのである。経済成長してカネを稼がなければ、介護や医療に回すカネは出てこない。

 公明党が菅内閣に対する対決姿勢を強めていることから、与党の国会運営はますます難しくなっていく。過去半年を振り返ると、公明党を軟化させる機会は何度もあったのに、それを逸したばかりか、むしろ傷に塩を塗るようなことをやってきた。これでは、予算案のみならず、関連法案についても野党の賛成を得るのは困難である。菅内閣が座礁するのは時間の問題である。
 

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