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恐怖の「深層崩壊」!
殺人豪雨台風の凄まじい爪痕

死者・行方不明者100人超え。
わずか5日で年間総雨量の3分の2を記録!
和歌山県那智勝浦町市野々地区。那智川の氾濫により、道路が大きくえぐり取られ、埋設管が露出している[PHOTO]川谷 渚(以下同)

 いったいどれだけの試練が降り注ぐのか。大地震、大津波の後は、巨大台風---。〝災害列島日本〟に、またもや悲劇が襲いかかった。

 紀伊半島を中心に大きな被害をもたらした台風12号。8月30日夜から、9月4日に台風が通過するまでの間に記録的な雨量を観測し、奈良県の上北山村では1800mmを超えた。同村の年間平均雨量は約2713mm。年平均の実に3分の2に匹敵する雨がわずか5日で降ったことになる。この豪雨による川の氾濫や土砂崩れなどで亡くなった人は、全国で50人。行方不明の56人と合わせると106人(7日午後1時現在)にも上るのだ。

 紀伊半島の中でも、最も多い死者数が報告されている和歌山県那智勝浦町では、町内を流れる那智川が氾濫。その時の恐怖を、同町井関地区の住民が語る。

「ただならぬ雨の勢いに不安になり、4日の午前2時に外を見たら、川から水が溢れ、家の1階部分にまで押し寄せてきたんです。雨戸を閉めても隙間から水が噴き出し、ドアの向こうに水圧を感じました。2階に避難したのですが、水はすぐに1階の床上まで達し、流れてきたものが当たるたびに『ドン!』と家が揺れ、生きた心地がしませんでした」

 また、同町が誇る世界遺産・熊野那智大社の裏山が崩れ、美しい朱色の建物の一部も土砂に埋もれてしまった。

 なぜ、ここまで被害が拡大したのか。今回の台風の特徴を、名古屋大学・地球水循環研究センター気象学研究室の上田博教授が次のように解説する。

那智勝浦町井関地区の住宅。那智川の氾濫で1階部分は無惨な姿に。まるで、大津波の後のような光景だ

「今回の台風は時速10kmと、動きが遅かった。これは、進行方向の北と東に二つの高気圧があり、台風の行く手を阻んだためです。また、台風は3日に高知県に上陸しましたが、中心部の東側に活発な雨雲が広がっていたため、紀伊半島に長時間にわたり大雨が降り続いたのです」

 気象業務支援センター専任主任技師の村山貢司氏は、地球温暖化が台風の巨大化に影響していると指摘する。

「地球温暖化に伴い、日本周辺での海水温が徐々に上昇し、台風が巨大化しています。そもそも台風は、海水温が27℃以上の海面上で発生し、水蒸気が持つ熱をエネルギーとしています。海水の温度が高ければ高いほど水蒸気が発生するので、台風は巨大化するのです。今回の台風が日本に接近した時には、四国の南側の海では水温が28℃以上もありました。つまり、海面から水蒸気の補給を受けられるので、接近しても勢力が弱まらなかったのです」

 さらに、村山氏によると今回の被害拡大には、紀伊半島の地形も大きく関係しているという。 

「紀伊半島の山々の斜面に雨雲がぶつかるため、上昇気流が発生し、さらに雨雲が発達します。もともと地形的に雨量が多い場所に、台風の活発な雨雲が停滞するという悪条件が重なったのです」

岩盤もろとも、崩れ落ちる

 今回の台風は、その凄まじい雨量によって大規模な土砂崩れも各地で引き起こした。4日の未明に山が崩落した、和歌山県田辺市伏菟野地区の初老の男性が、その際の様子を語る。

田辺市伏菟野地区の、深層崩壊と見られる土砂崩れ。山頂部分から斜面をえぐるように崩れ、中腹に留まった木々が森のように見える[PHOTO]朝井 豊
世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部である熊野那智大社。裏山の土砂崩れが社殿を包み込んだ[PHOTO]夏目健司

「雨の多い土地だから、川の水かさや勢いには誰もが気をつけていたんだけどね。親からも、じいちゃんばあちゃん、そして地域の誰からも、『山が崩れた』なんて聞いたことがない。4日の午前1時前、暗闇の中から聞いたことがない低い音が『ゴォー』と不気味に響いてきたんだよ。そして、木がこすれあう音や、岩が転がる音がして・・・・・・。朝になって驚いたよ。谷底にあった民家がなくなっていて、今まで何もなかったところに森のようなものが出来ていたんだから」

 この男性の言う〝森のようなもの〟とは、木々が倒れず地面に立ったままの状態で、根本の土壌ごと山から崩れ落ちたものだ。これは、通常の土砂崩れとは異なる「深層崩壊」によるものだと考えられている。深層崩壊について土木研究所土砂管理研究グループ長・小山内信智氏が解説する。

「深層崩壊とは、山肌表面の柔らかい土砂だけでなく、その下の岩盤部分もろとも崩れ落ちることを言います。大量の雨が降り続くと、岩盤の亀裂を通じて地下5m~数十mの深いところにまで地下水が溜まって地盤が緩み、重さに耐えられずに一気に崩壊するというわけです」

 しかし、深層崩壊が疑われる伏菟野地区では、避難勧告・指示は出されていなかった。他にも、濁流に民家が飲み込まれた奈良県十津川村も同様で、結果的に住民が犠牲になっている。いったい行政は何をしていたのかと言いたくもなるが、関西大学社会安全学部の高橋智幸教授(気象災害学)は、次のように語る。

「もちろん、行政からも避難勧告・指示を的確に出すことが求められますが、それが出ないからといって、安心はできません。というのも、土砂災害は対象となる山地の面積が広大なので、市町村レベルでその状態を細かく調べつくすのは、予算的にも人員的にも厳しく、事前の予想が難しいのが実情なのです。日頃から、ハザードマップを見たり、避難ルートを確認しておくことが必要です。

 また、普段は水量が少ない小さな川でも油断は大敵です。実は、国が管理する一級河川よりも、都道府県が管理する二級河川や、市町村が管理する準用河川のほうが先に氾濫する危険が高い。管理する母体が小さくなるほど、土手の整備状況などで、脆弱な部分が露呈するのです。実際、 '04年に新潟や福井を襲った豪雨の際には、一級河川の信濃川ではなく、支川が氾濫しました」

 今回の台風は、さまざまな要因が重なって最悪の事態に発展した珍しいケースで、同じような被害をもたらす台風が再び襲う可能性は低いようだ。とはいえ、行政まかせでは生き残れないことを肝に銘じ、本格的な台風シーズンを前に、自分の住まいの周辺の状況を再確認しておく必要がありそうだ。

9月5日、三重県紀宝町浅里地区の孤立した集落から自衛隊のヘリで救助され、安堵の表情を浮かべる住民[PHOTO]夏目健司
なぎ倒された木や車、民家の瓦礫などをどけながら、捜索活動にあたる自衛隊員。田辺市伏菟野地区にて[PHOTO]朝井 豊

 「フライデー」2011年9月23日号より

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