反省無き警察が踏みにじる 足利事件菅家利和さんの「心残り」と市民の「不安」
宇都宮地裁の前で。刑事補償が認められたというのに、表情は硬い〔PHOTO橋本昇〕 

「有力容疑者発見」報道も飛び交う中、約8000万円の刑事補償を払って"事件"を終わりにするのか

「この足利で心穏やかに生活を送ってほしい」(大豆生田実・足利市長)。今、菅家さんは故郷で権力につけられた傷を癒やしている。だが、その心の中から捜査機関、及び「真犯人」への怒りを、完全に取り去ることはできない---。

 すでに、菅家利和さん(64)から喜びのようなものは感じられなかった。1月13日、宇都宮地裁の佐藤正信裁判長は、足利事件の冤罪被害者である菅家さんに対する刑事補償約8000万円の支払いを認めた。1日1万2500円(刑事補償法上の最高額)×6395日。17年半という人生を狂わすのに十分な期間、無実の罪で獄に閉じ込めたことに対する国からの「慰謝料」である。

 地裁の決定を受けた日の午後、「今日でひと区切りといったところですね」と取材を切り出した本誌記者に、菅家さんは微笑を浮かべながらも、どこか表情が硬い。気持ちの燻りは、静かな炎となって記者の目の前で発現した。

「自分としては、まだ不服があります。それは(自分を取り調べた)警察、検察がまだ謝っていない。やはり出てきてもらって、ひと言、謝ってもらいたい。自分を取り調べた刑事、検事に、個人的に補償をしてもらいたいと思っています」

 菅家さんに4歳の女児を殺したとの罪を被せた警察と検察は、正確に言えば、組織として謝罪している。 '09 年6月に栃木県警の石川正一郎本部長が、同年10月に宇都宮地検の幕田(まくた)英雄検事正(当時=現・千葉地検検事正)が、菅家さんに直接面会の上、頭を下げた。さらに言えば、 '10 年3月、菅家さんに対する無罪判決の言い渡しの際、佐藤裁判長は、

「菅家さんの真実の声に十分耳を傾けられず、17年間の自由を奪ったことを、再審公判を担当した裁判長として、誠に申し訳なく思います」

「今でも刑務所のことを夢に見ます。夜中にハッと目が覚めて・・・」 〔PHOTO橋本昇〕

 と、左右の陪席と起立して頭を下げた。

 だが、現場捜査員の声は菅家さんの耳に届いたことはなく、19年経った今も、冤罪被害者の心を苛む。再審の第5回公判( '10 年1月)では、当時取り調べにあたった森川大司(だいじ)元検事に菅家さんが謝罪を求めたが、最後まで応じなかった。

 本誌は、何度も菅家さんにインタビューをしているが、このように語っている。

「(刑事は)何度も何度も『おまえがやったんだ』、『いや、やってません』の押し問答。それが一日中続いたわけですよ。(中略)頑として聞き入れてくれなくて、自分はイライライライラしちゃったんですよね。『もう、どうにでもなれ』と」

「(別の殺害された女児について)『前の事件もやったんだろう』と言われて、『違う』と言っても、(刑事は)『おまえ、おまえだよ』と両膝を持って激しく身体を揺さぶりました」

「殴られたことはないですが、髪の毛を引っ張ったり、蹴飛ばされたり・・・」

  '91 年12月5日付の『下野新聞』には、こんな記事が掲載された。〈 長期にわたる身辺捜査で「犯人と確信して調べにあたった」という。自供に導いた言葉は「真人間に帰りなさい」だった 〉。地元紙の報道で"ヒーロー"に祀り上げられた県警捜査一課のH警部(当時)は、菅家さんの取り調べに当たった張本人だ。これまで本誌は、菅家さんの口から彼の名が出るたび、怒りと恐怖を甦らせるかのように身体を震わせるのを目撃している。

 1月15日、宇都宮市内の自宅近所で自転車に乗ったH氏に本誌は取材を申し入れたが、「何も話すことはない」と言う。

菅家さんを取り調べたH元警部。自転車のカゴには、破魔矢があった〔PHOTO片野茂樹〕

「菅家さんは、取り調べた警察官に謝ってもらいたいと話している」

 と畳み掛けたが、激昂もせず、逃げるわけでもなく、無言で手を振り続けた。

 当時、栃木県警刑事部長として足利事件の捜査を指揮したM氏には刑事補償が認められた翌日の14日、直撃を試みた。

「何度も話してきた。話すことはない」

 そう拒絶するM氏。このM氏は '08 年2月に菅家さんの再審請求が棄却された際、自身のブログで〈 当時、県警の刑事部長・捜査本部長として捜査に携わった者として、感慨無料であります 〉(原文ママ)と喜びを露にした人物だ。菅家さんの思いを伝えると、M氏は答えた。

「もう謝っている。組織捜査だから、組織として謝れば、それでいいでしょう」

菅家さんを取り調べたH元警部。自転車のカゴには、破魔矢があった 〔PHOTO片野茂樹〕

―個人的に謝罪する考えはないか。

「心の中では申し訳ないと思っているが、それは考えていない」

「真犯人」に揺れる街

 菅家さんに「冤罪被害者」として生きることをやむなくしたのは、警察・検察・裁判所である。それは動かぬ事実だ。だが、その原因を作った、いまだ逮捕されていない真犯人の存在も忘れてはならない。

 日本テレビ社会部記者の清水潔氏は、月刊誌『文藝春秋』 '10 年10月号から、菅家さんが逮捕された足利事件を含む栃木・群馬の県境で立て続けに起きた5人の幼女の誘拐事件(うち4人が殺害された)を同一犯の犯行とするレポートを連載している。

 足利事件とそれ以前に起きた3件は時効を迎えているが、 '96 年7月に群馬県太田市のパチンコ店から失踪した横山ゆかりちゃん(当時4)の場合、失踪事件のため時効は当てはまらない。

 レポートには、「ルパン三世に似ていた」などの目撃証言と合致する男を割り出した上、北関東に住むその本人に接触し、アリバイなどを確認するうち、被害女児の一人と会話を交わしていたことを認めさせた経緯が書かれている。

 刑事補償が認められた当日、菅家さんは本誌に捜査当局へのわだかまりを語ったが、それとともに真犯人に向けた心情も吐露した。無論、菅家さんは清水氏のレポートを知った上で発言している。

「真犯人を捕まえてもらいたい。私にとっては時効は関係ないですから。警察が動かなかったら、私の17年半はまったく無駄になってしまう・・・」

 菅家さんの無罪、および清水氏のレポートによって、特に足利周辺の住民は、いまだ市井に潜む「真犯人」の存在を意識するようになったはずだ。足利市の大豆生田実(おおまみうだ・みのる)市長は本誌のインタビューに、「真犯人の行方については、市民、特に小さなお子様を持つ家庭から不安の声が上がっています」と明かし、こう続けた。

FRIDAY1月28日号に答える大豆生田市長。「最初お会いした菅家さんは気が張っていらしたが、今は解放感に満ちています」〔PHOTO橋本昇〕

「私も足利警察署の方に『マスコミを通じて真犯人の話が出ているじゃないですか。市民として無関心ではいられない』と話したことがあります。しかし警察は『時効の壁は超えられない』と苦しんでいる様子でした。

 5件の幼女誘拐事件が関連しているという見方はマスコミが報じただけです。しかし、少しでも可能性があるのなら、掘り下げてほしいのです」

 「足利事件」は過去のものではない。捜査機関が自らの歴史的失態を忘れたいがために、わずかな可能性に目をつぶるのならば、見えぬ恐怖に怯える市民から、その存在意義が問われることになる。

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