田原総一朗×辻野晃一郎「奇才たちが集まるグーグルはスターウォーズの世界でした」
『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』著者に訊く 第2回

田原:ソニーが弱くなった原因は、「出井(伸之)さんがCEO(最高経営責任者)の時代に新しい言葉を使いすぎたからじゃないか」とも言われています。「非連続性」とか「プラットフォーム」とかね。

 そしてあの頃、結果としてソニーはモノ作りを疎かにするようになった、とも指摘されます。言葉はいっぱい氾濫させたけれど、ソニーがいったい何をする企業なのか、社員の人たちが分からなくなったと。実際はどうでしたか?

出井伸之氏 (ソニー株式会社 元CEO)  〔PHOTO〕gettyimages

辻野:それについては人によって意見や見方は違うと思いますけど、私は、時代が変わっていくことを出井さんも分かっていたと思います。

 時代の変化の中でソニーという会社が少しずつ蚊帳の外に置かれていく状況はあったでしょうけど、出井さんはきちんと変化を見抜いていた。

 つまりインターネットの時代になって、大きな変化が猛烈なスピードで起きていくということはわかっていました。

 よく出井さんはインターネットの登場を地球に隕石が落ちた時の話になぞらえて、「全てのパラダイムが変わる」という話をしていました。

田原:そう言っていましたね。

辻野:ええ。そういう意味では、時代の変化を鋭く正確に見抜いていた。その変化に合わせて、いろんなキーワードを使いながら、社内的にいろいろなことを変えていく手を打とうとしたのは間違いない。それが結果的に現場のレベルで上手くいったか、いかなかったかということは総合的に見ていかなければならないと思いますが。

田原:結果として、売れる商品がなくなっちゃった。

辻野:そんなこともないですよ。

田原:でも業績が悪いというのはそういうことでしょう。

辻野:しかし、たとえば、さっきのVAIOというのは初期には非常に上手くいったわけです。

VAIOはソニーにしかできなかった

田原:なんでVAIOは途中でダメになったんですか。

辻野:別に、ダメになったとは思いませんけど・・・。

田原:でも初期は非常に注目されて、「VAIOの時代だ」と言われたのに・・・。

辻野:何事も初期にインパクトを出すことは、その後に比べるとやりやすいんです。

 当時、私が感じたのは、「PCの世界には商品企画もデザインもないんだな」ということです。というのは、言葉は悪いですがPCの開発というのはインテルとマイクロソフトが出してくるテクノロジーに合わせて単に部品をアセンブリー(組み立て)するみたいなものだったんです。しかも業務用がメインでしたから、デザイン的にもベージュ色のようなものばかり。そんなPCが当時は普通だった。

 ソニーはそこに入っていって、パソコンの概念をガラッと変えたんです。要するにコンシューマ商品、民生用商品としてPCを仕立て直した。そこでは商品企画力とかデザイン力が重要になってきますので、(マグネシウム合金を使用した)「銀パソ」だとか初期の頃は紫っぽい色を使ったりだとか、デザイン的にもいろいろ工夫しました。

 中身はインテル、ウィンドウズを使ってはいても、VAIOは基本的には「新しいデジタル家電」という思いで商品戦略を打ち立てたんです。もともと商品企画もデザインも不要だったパソコンの世界に、デザインや商品企画の概念を導入したのがまさにVAIOだったんです。

 ソニーのコアコンピタンスというのはオーディオやビデオのテクノロジーですから、ビデオ編集機能や、「スリップクリップ」と名付けたテレビ録画をする機能をPCに付けるということを考えました。もともとソニーが持っている強い技術をパソコンのうえにインテグレート(統合)し、ソニー流のAVパソコンを作りましょうというのがVAIOの戦略だったんです。

田原:なるほど。

辻野:それができるのは当時、ソニーだけだったんです。

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