躁状態の菅首相に「枝野」「安住」を抜擢させた「官邸病」
参院選大敗の責任者を復権させた異例人事
〔PHOTO〕gettyimages

 永田町には独特な言い回し、政界用語がある。その中のひとつが「官邸病」である。いま躁状態にあるとされる菅直人首相は、まさにその官邸病に患っているのではないか。先の内閣改造・民主党役員人事を見て、そう思わざるを得ない。なぜか。

 マスコミが「目玉人事」と報じたのは、たちあがれ日本を離党して入閣した与謝野馨経済財政担当相である。この人事について、2009年夏の総選挙では自民党比例区で復活当選した与謝野氏は衆院議員辞職してから入閣すべきだったとの批判が少なくない。

 だが、与野党を通じても同氏の政策立案能力には並外れたものがあり、財務省をはじめとする霞が関官僚からの信頼感は絶大だ。菅首相は、そうした与謝野氏の手腕と人脈を買って政権の司令塔役として迎えたのだろう。

 一方、「影の総理」などと揶揄されながらも菅政権を懸命に支えた仙谷由人前官房長官は、半ば不本意ながら民主党代表代行に転じた。やや乱暴に言えば、菅首相は仙谷氏を切って与謝野氏を税と社会保障の一本化改革のキーマンとして閣内に迎え入れたということである。

 1月14日の菅第二次改造内閣発足直前、リアルタイムで人事情報が乱れ飛んだ。渡部恒三元衆院副議長の国対委員長確定の新聞辞令、岡田克也幹事長と仙谷官房長官のスワップ人事説、仙谷官房長官留任説、仙谷氏の国対委員長転出決め打ち報道、川端達夫衆院議運委員長に国対委員長打診説などである。

 しかし結局、実現したのは枝野幸男幹事長代理の官房長官抜擢説だけだ。

 これほど事前に改造・党人事の過程が報じられた例はない。それはもちろん、首相周りに情報源がいたからだ。敢えて特定すれば、官邸サイドのFとTの二人が積極的に情報をリークしたからに他ならない。

 これも官邸病の一種である。民主党内を二分する親菅派と親小沢(一郎元代表)派以外の中間派の有望株潰しという狙いが透けて見える。情報源の意図はともかく、実は深刻な問題は菅首相自身にある。

 政権運営全般のアドバイザーである与謝野経済財政担当相と枝野官房長官の指南役の藤井裕久官房副長官(政務担当)の二人のベテランを別にすれば、首相の女房役である枝野官房長官と、与野党協議の実務責任者である安住淳国対委員長を決めた菅首相の人事に官邸病の症状が端的に現れている。

 民主党は昨年7月の参院選挙で予想をはるかに超えた大敗を喫した。当時の幹事長は枝野氏であり、そして選対委員長が安住氏であった。参院選挙敗北の責任を取って枝野氏は幹事長代理に降格、安住氏は選対委員長を退き、後に防衛副大臣に就いた。その二人が政権の要である官房長官と、党執行部の要職に就任したのだ。常識的には考えられない人事である。

12月25日、官邸で「政治の恩師」と会談

 仙谷氏も高く評価する枝野氏が際立った政策通であることは誰しもが認めるところだ。さらに弁舌巧みであり、かつ党内の同世代の中でも断トツに胆力のある政治家であることは、筆者も長い付き合いから承知している。問題は同氏にあるのではなく、官房長官に起用した菅首相にあるのだ。

 10年参院選挙は結果的に敗北だったが、自分としては決して負けたのではないと、胸中密かに思っているのではないか。たまたま選挙直前に「消費増税容認」という失言を犯して負けたのである、と。要は、権力者には耳障りのいい話しか入らない、都合の悪い情報は途中で遮断される、「裸の王様」状態にあるのが官邸病なのだ。

 そうした中で菅首相がさらに高揚する契機となったのが、昨年末の12月25日午後に官邸で約3時間も話し合った篠原一東大名誉教授との会談である。その日は、菅氏の社会市民連合(社市連)時代の同志だった片岡勝・市民クラブ代表、宮崎徹内閣府参与(平成帝京大教授)も同席した。

 そこで「政治の恩師」でもある篠原名誉教授から「君のやっていることは間違っていない。市民革命成就のためにも、ここは一点突破全面展開しかない」と空気を入れてもらったのではないか。この会談が今日の躁状態の最大の源となった。

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