永田町ディープスロート

「選挙で勝ったら何でも自由にできる」というのは民主主義ではない

連載 インタビュールポ 平松邦夫と「もうひとつの大阪」 第四回

2011年01月14日(金)
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第三回『「見出しが立たない」市長が語るメディアの劣化とtwitterの発信力』 はこちらをご覧ください。

[取材・文:松本創]

 政治家と行政の長と。自治体のトップである首長は二つの顔を持つ。どちらに重きを置くか、その「使い分け」においても、橋下徹・大阪府知事と平松邦夫・大阪市長のスタンスははっきり異なる。それは一見、2人がテレビの世界にいた当時、コメンテーターとアナウンサーだった違いに似ていると言えなくもない。

 橋下の発言や行動は、かなり政治家色が強い。地域政党「大阪維新の会」を率いて突き進む「大阪都構想」、中田宏・前横浜市長や山田宏・前杉並区長との交遊、最近では河村たかし・名古屋市長との共闘など、マスメディアで報じられる動きの多くは政治活動の範疇にある。

 選挙でも積極的に動く。2009年の堺市長選では、当初「理想の市長」と持ち上げていた前市長にぶつけて自分の部下を送り込み、強力に応援して当選させたことが賛否を呼んだ。「政治家としての判断」「これは政治活動でやる」。橋下はそんな言葉を多用する。

 そこで言う「政治」とは端的に言えば、敵を作り、権力闘争に持ち込むこと。小泉純一郎元首相の手法を彷彿とさせるが、実際、橋下は「何千年に一人のリーダー」と、小泉に心酔している。

 一方の平松は、「大阪市長として」「直接行政の長として」という表現をしばしば口にする。具体的な現場と課題を持ち、市民生活に直接向き合う組織のトップであるという自覚が強い。そもそも「市長になるまで政治家を志したことは一度もない」という。1990年前後の"マドンナ旋風"の頃、国政出馬を非公式に打診されたこともあるが、「それより(出身地の)尼崎市長の方がええわ、と笑い話で終わりました(笑)」。

 平松の選挙戦を描いたルポ『勝ってもうた!!』は、サブタイトルに"サラリーマン市長"と謳っているほど。そこには、民主党大阪府連の代表だった平野博文(衆議院議員)が政治家志向の薄い平松を口説き落とすまでの苦労や、「素人」として市役所に乗り込み、役所の論理に大きなカルチャーショックを受けた平松の様子が描かれている。それから3年あまり。平松の目指すリーダー像をあらためて聞いてみた。

僕は調整型のリーダー。トップダウン手法は採らない。

 今でも「政治家か、行政の長か」と問われれば、僕は行政の長という意識の方が強い。そして、間違いなく「調整型」の人間です。強大な権力を背景に、トップダウン的な手法で自分の主張を押し通すようなやり方は採らないし、自分には合わない。理想のリーダー像? それは組織の大きさや形態によって必要な資質は異なると思います。

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