「選挙で勝ったら何でも自由にできる」というのは民主主義ではない
連載 インタビュールポ 平松邦夫と「もうひとつの大阪」 第四回

第三回『「見出しが立たない」市長が語るメディアの劣化とtwitterの発信力』 はこちらをご覧ください。

[取材・文:松本創]

 政治家と行政の長と。自治体のトップである首長は二つの顔を持つ。どちらに重きを置くか、その「使い分け」においても、橋下徹・大阪府知事と平松邦夫・大阪市長のスタンスははっきり異なる。それは一見、2人がテレビの世界にいた当時、コメンテーターとアナウンサーだった違いに似ていると言えなくもない。

 橋下の発言や行動は、かなり政治家色が強い。地域政党「大阪維新の会」を率いて突き進む「大阪都構想」、中田宏・前横浜市長や山田宏・前杉並区長との交遊、最近では河村たかし・名古屋市長との共闘など、マスメディアで報じられる動きの多くは政治活動の範疇にある。

 選挙でも積極的に動く。2009年の堺市長選では、当初「理想の市長」と持ち上げていた前市長にぶつけて自分の部下を送り込み、強力に応援して当選させたことが賛否を呼んだ。「政治家としての判断」「これは政治活動でやる」。橋下はそんな言葉を多用する。

 そこで言う「政治」とは端的に言えば、敵を作り、権力闘争に持ち込むこと。小泉純一郎元首相の手法を彷彿とさせるが、実際、橋下は「何千年に一人のリーダー」と、小泉に心酔している。

 一方の平松は、「大阪市長として」「直接行政の長として」という表現をしばしば口にする。具体的な現場と課題を持ち、市民生活に直接向き合う組織のトップであるという自覚が強い。そもそも「市長になるまで政治家を志したことは一度もない」という。1990年前後の"マドンナ旋風"の頃、国政出馬を非公式に打診されたこともあるが、「それより(出身地の)尼崎市長の方がええわ、と笑い話で終わりました(笑)」。

 平松の選挙戦を描いたルポ『勝ってもうた!!』は、サブタイトルに"サラリーマン市長"と謳っているほど。そこには、民主党大阪府連の代表だった平野博文(衆議院議員)が政治家志向の薄い平松を口説き落とすまでの苦労や、「素人」として市役所に乗り込み、役所の論理に大きなカルチャーショックを受けた平松の様子が描かれている。それから3年あまり。平松の目指すリーダー像をあらためて聞いてみた。

僕は調整型のリーダー。トップダウン手法は採らない。

 今でも「政治家か、行政の長か」と問われれば、僕は行政の長という意識の方が強い。そして、間違いなく「調整型」の人間です。強大な権力を背景に、トップダウン的な手法で自分の主張を押し通すようなやり方は採らないし、自分には合わない。理想のリーダー像? それは組織の大きさや形態によって必要な資質は異なると思います。

職員への年頭訓示

 少なくとも、266万人もの人口を抱える大都市であり、同時に直接行政・基礎自治体である大阪市においては、1人のリーダーがすべてを決め、唯我独尊的に物事を進めていこうとすると、大きな過ちを犯す。

 橋下さんは府という、ある種「中二階」組織のトップだから、ああいう動きができるのかもしれないけど、あのやり方がどこでも通用するとは僕には思えません。

 こういう話をすると、「平松は市役所に取り込まれた」「リーダーシップがない」と批判する人が出てきますが、そうじゃない。

 トップが「なんでや?」とひと言疑問をつぶやくだけで、あるいは、アイデアや問題意識をちょっと口にするだけで、周りの優秀な職員がその意を汲み取り、改革が動き出す。

 やがて具体的な政策に実を結ぶ。そういう経験を僕はいくつもしてきました。

 数十年間放置されてきた、ある小学校横の不法占拠屋台群を撤去できたのも、街頭犯罪ワーストワン返上へ向けて大きな成果が見え始めていることも、その実例。大阪府との水道事業統合協議にしても、最終的にはうまくいきませんでしたが、僕の提案を受けたスタッフが奔走し、しかもすべてのデータをオープンにして行った。市職員の優秀さを実感した例です。

 とはいえ、役所というところはご存知の通り、いや、皆さんの想像以上に縦割りの組織です。「自分の仕事はここまで」という意識が、多くの矛盾やグレーゾーンを生んでいるにもかかわらず、各部署が予算消化と前例踏襲に縛られている。それを「おかしいやないか」と指摘して風通しを良くするのが、民間から市長になった僕の役目。

 優秀な人材や能力を見極め、やる気を引き出し、時には任せてしまえる「胆力」ともいうべきもの。それもリーダーに求められる重要な資質だと僕は考えています。

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