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混迷するNHK会長選びで「受信料値下げ」はますます遠くなる
有力候補だった安西前慶応学長は脱落寸前

 昨年来のNHKの次期会長人事を巡る混迷が一段と深まっている模様だ。

  年末や年初の経営委員会に続き、今週水曜日(1月12日)に開催が予定されている3度目の会合でも、経営委員会は結論を出せない可能性があるらしい。

  このような統治能力の乏しい最高意思決定機関をトップに頂いていて、数年来の懸案であるNHK改革はきちんと実現されるのだろうか。この有り様では、職員のモラルダウンは必至だろうし、受信料の引き下げ議論も再び有耶無耶になりかねない。 番組を見なくても、NHKとの受信契約を義務付けられている視聴者の一人として、筆者も無関心ではいられない。

  関係者の話を総合すると、会長人事混迷の直接の原因は、総務省や一部の経営委員が推す候補者、つまり、慶応義塾大学前塾長の安西祐一郎氏 (64)が経営委員会の信認を得られないことにある。

  経営委員の多くが安西氏に難色を示している点に絞れば、筆者は、これ自体が誤った判断とは思わない。安西氏自身の人柄はともかく、その背景を考えるとNHK会長に就任すべきでないと考えるからだ。

  第一に、昨年12月25日に本サイトに緊急寄稿した「NHK次期会長最有力 安西前慶応学長の弱点は日テレ応援団」でも触れた通り、読売新聞社や日本テレビ放送網など特定のメディアの関係者が安西氏を推していたとされるからだ。民間放送や新聞社がNHKへの影響力を持つことには懸念を示す見方も多い。

  それだけではない。

  旗振り役のひとり、日本テレビ放送網の氏家齊一郎代表取締役が週刊文春1月13日号で、「総務大臣の片山(善博)君が慶応大の教授をやっていた関係で彼 (安西氏、筆者注)を推したって話だね」と暴露したのである。

  事実とすれば、「外部からの起用」と称してNHK改革に役立つようなイメージを作りながら、実際には、時の政権(言うまでもなく、片山大臣は菅直人内閣の閣僚である)が好みの人物を、独立・中立のメディアであるべき公共放送、NHKのトップに据えようとしていることになる。

  NHKは、政府のPR機関ではない。経営的にも、税金で賄われているわけではなく、視聴者が支払う受信料で支えている「公共放送」なのだ。当然ながら、トップが政府に推されて従っているような人物では、政治からの独立性に疑念が生じてしまう。それでは困る。

  かつて、あの小泉純一郎氏でさえ、NHKの会長人事への介入を自ら手控えたことがある。首相時代、小泉首相の側近が、不祥事続きで辞任を余儀なくされた海老沢勝二氏の後任会長人事に介入して、当時の伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏を推す意思がないかを小泉氏に確認したところ、小泉氏は何の興味も示そうとせず、この人事案は立ち消えになったという。結果として、この時の人事では、NHKの生え抜きの橋本元一氏が会長の座を射止めた。

  話を戻すと、そもそも安西氏は、現職の福地氏を選出した3年前に福地氏の対立候補の一人だった。関係者によると、その経緯を踏まえて、今回、総務官僚が作成した候補者リストにその名を盛り込んだところ、同じ慶応出身の片山大臣の目に止まり、片山大臣が安西会長案に飛びついたというのが真相のようである。

政治権力に弱いNHK

  ここで思い出さなければいけないのが、災害報道などには熱心だが、国内のタイムリーな政治問題では踏み込んだ報道をしたがらないNHK の体質だ。その原因のひとつとして、もともとNHKには政治権力からの独立性の問題に弱点がある。

  過去には、吉田茂氏や田中角栄氏のような実力総理が意中の人物を経営委員会に送り込み、その人物を最終的に経営委員長に据えた問題や、与党の実力者が意に沿わないプロパー出身のNHK会長をある種の罠にかけて引責辞任に追い込んだりした問題が存在する。それらが、 NHKの政治への弱腰を生んだ。

  さらには、予算や事業計画を毎年、「総務大臣に提出し、国会の承認を受けなければならない」「経営委員の人事には国会の承認と内閣総理大臣の任命 の両方が必要」「内閣総理大臣は経営委員の罷免権を持つ」といった具合に、政治によるNHKへの関与を容認する規定が現行の放送法にふんだんに盛り込まれている。そのことも、今日に至るまで、NHKの政治からの独立性を危うくしてきた。

  すでに世論の支持を失った菅政権が、公共放送への政治介入の問題の大きさをきちんと認識せずに、安易にNHKの会長人事に介入しようとしたのならば、論外である。

  安西氏が財テクの失敗が響いて3選を目指した塾長選の予備選で敗れたとの噂や、会長を引き受ける条件として、横浜市に居を構えながら都心の別邸の提供など3つの要求を出したとされることの真偽は、ここでは脇に置いておく。しかし政府の人事介入という問題から、筆者は安西氏の就任には反対する。

  筆者は、政府や民放関係者が公共放送のNHKを私物化する意図から安西氏を会長に推したとは思いたくない。むしろ、両者は、スキャンダル続きの NHKでは会長の引き受け手がないと懸念し、あくまでも善意から人事に口を出した可能性も皆無ではないだろう。

  しかし、それでも、メディアとは健全な緊張関係を保つべき立場にある閣僚や、健全な競争相手であるべき新聞や民放の関係者たちが、NHK会長の人選に口を出すのは、厳に慎むべき行為だ。

 一方、何といっても、今回の騒ぎで最も強く責を問われるべきなのは、経営委員会の委員たちだ。安西氏の資質に問題があることが判明したことが最 近のことであっても、それが経営委員たちの責任を免ずる理由にならないと筆者は考える。

  なぜなら、そもそもの問題は、経営委員たちの過去3年間の対応にあるからだ。放送法は第27条で、他の誰でもない経営委員会について、「会長は、 経営委員会が任命する」と明記している。同条には「委員9人以上の多数の議決」によって会長を決めるとある。いったい12人の経営委員のうち何人が、こうした放送法の規定を自ら熟読し、その責を果たすための十分な準備を進めていただろうか。

  福地氏やその前任の橋本元一氏らが、いずれも引き受け手不在の中で、難産の末に会長に就いた経緯を踏まえれば、経営委員たちがもっと早く から主体的に会長選びを進めておく責任があったことは明らかではないだろうか。

 あるいは、過去1年間に電機メーカーの役員だった者がNHKの会長に就くことを禁じている放送法を改正して、東芝相談役の西室泰三氏を就けよう と、政府や民放が昨年秋頃、活発に動いていた事実を、果たして経営委員会はどれほど把握していたのだろうか。そもそも把握しようとしていたのだろ うか。

 そうした怠慢は、退任間近になって、後任人事が混迷するのを目の当たりにして、自らに権限のないことを嘆いて見せた福地会長も同罪と筆者は考える。今ごろ、そんなことを言うのならば、自ら候補者を口説いて、経営委員会に披露し、賛同を求めればよかったのである。問題を権限の有無にすり替 えるとは呆れた口が塞がらない。

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