<「子孫のために美田を残さず」という言葉も味わい深い。私の亡父(佐重喜元建設相)も票田こそ残してくれたが、遺産はなかった。「自分の道は自分で開け」を処世訓にしている>('83年1月20日付産経新聞夕刊)
この「私」とは、今から27年前の小沢一郎・民主党幹事長。西郷隆盛の有名な「子孫のために美田を残さず」の言葉を引いて、小沢氏が自身の政治信条を述べたものだ。
四半世紀以上も前の記事をほじくり出したのは、他でもない。「遺産はなかった」とは、このたびの小沢氏の説明とは完全に食い違っているからである。
疑惑の秘書寮(世田谷区深沢)をめぐる資金調達の不透明さ―――。小沢氏の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐり、当初、銀行から借りたと説明していた購入費用4億円について、小沢氏は「自分の資産を貸し付けたもの」と前言を翻した。さらに、その原資は小沢氏が父親から相続した土地を売却したものであることも、1月23日に開かれた記者会見での小沢氏側の説明で明らかにされた。
小沢氏は司法試験合格を目指して日本大学大学院に在学中、父・佐重喜氏が急死したため、急遽出馬した世襲議員だ。'69年、初出馬の衆議院選挙で見事当選し、学生代議士として華々しく政界デビューを果たした。
父が亡くなった'68年に相続したのが、文京区湯島の豪邸だった。閉鎖登記簿から土地面積は438m2だったことがわかっている。さぞ莫大な相続税を支払ったに違いないと、本誌は「全国高額所得者名簿」を'68年版までさかのぼって調べた。だが、佐重喜氏の死後、高額所得者として小沢一郎氏の名前は'77年まで見当たらない。土地取引に詳しい税理士の北田朝雪氏は、
「まず小沢氏は、父親から湯島の土地と建物を相続したとき、相続税をちゃんと払ったのかという疑問があります」
と指摘する。
相続税を支払ったのかどうか。今となっては外部からその形跡を探すことは不可能だが、これに限らず不動産の譲渡税や贈与税など、小沢氏には“納税逃れ”の問題がつきまとう。
世田谷の土地購入の原資となった4億円について、小沢氏側は、'85年に湯島の家を売って世田谷区深沢の自宅を購入した際に残った2億円のほか、'89年から'02年にかけて夫人や3人の子供といった家族名義の口座から引き出した3億6000万円を充てたと具体的に説明している。
「だとすると、湯島の土地を売却したお金で、深沢に1619m2もの広大な土地を買い、さらに3億円以上ともいわれる豪邸を建てても、なおかつ2億円が残っていたことになりますね」(北田税理士)
小沢氏は'86年の自治大臣就任当時の閣僚資産公開でも、湯島の土地の売却資金で深沢の小沢邸を手に入れたと説明しているが、では、湯島の土地はいくらで売ったのか。その際の売却益に対して課税されていないのだろうか。
立正大学法学部教授で、税理士資格も持つ浦野広明氏はこう指摘する。
「土地を数億円で売却して、高額納税者名簿に名が挙がらないのはおかしい。ただし、その年に申告せず、越年申告する人もいます」
念のため、'86年以降の高額納税者名簿を調べたところ、小沢氏の名前は'92年版まで出てこない。
そもそも、湯島の土地の売却益だけで深沢の土地を購入することは可能なのか。都内の地価に詳しい不動産鑑定士が、'85年当時の地価から試算すると、小沢氏が相続した湯島の土地は「どう高く見積もっても、4億円といったところ」だという。
一方、同じく'85年当時の世田谷区深沢6丁目の地価相場から計算した1619m2の地価は「どう安く見積もっても10億円はくだらない」(同前)という。
つまり、湯島の土地を売った4億円だけでは、深沢に新しく土地を買えるはずもないというわけだ。小沢氏の説明は破綻している。
この話を裏付ける別の証拠もある。'85年の一時期、小沢氏は相続した湯島の土地を担保に入れ、金融機関から融資を受けている。その極度額が3億3000万円。だが、その後、小沢氏はこの融資の担保として別の土地を差し出している。金融機関が湯島の土地は3億3000万円以下の担保価値しかないと判断したとも考えられるのだ。
いったいこの売却額でどうやって、推定10億円もの深沢の土地を買い、なおかつ2億円の現金を手元に残せたのか、小沢氏の説明には疑念が募るばかりなのである。
疑問はまだある。家族名義にしていた3億6000万円にしても、小沢氏側の弁護士は、
「小沢氏が父から相続した金を信託銀行に積み立てたもの」
と説明するが、冒頭に紹介したように小沢氏自身が「遺産はなかった」と言っている。また、そのようなカネを受け取っていたらやはり高額所得者に名を連ねるのが普通ではないか。
前出の浦野教授が話す。
「そもそも小沢氏と家族の同意のもとで預金を家族名義に差し替えたら、それは贈与と認められ、贈与税が発生します」
再び北田税理士が問題点を指摘する。
「贈与でなければ、あるいは借名口座をつくった可能性もある。今は本人確認なしに預金口座はつくれないのですが、昔はいくらでもつくれましたからね。
この場合、家族の名義で銀行に預金しているといっても、実態は小沢氏個人の資金を預けていたに過ぎず、贈与税は発生しません」
小沢氏は家族名義にしたことについて、1月25日の会見で、
「'91年に心臓病で入院したため、万が一のときに、という意識があった」
と説明した。
だが、その家族名義の口座から引き出した現金は、小沢氏の個人事務所の金庫に保管されていたという。もともと家族のために分けられた資金を事務所に置いておくというのも理解しがたい。そのうえ、
「万が一の場合にそなえて家族名義にしたといっても、それが単に名義だけの借名口座だというのは不自然です。これはやはり、小沢氏から家族に贈与が行われたとみるべきでしょう。
仮に50%という今の贈与税の最高税率で税金を払ったとしたら、半分しかおカネは残らないはずです」(北田税理士)
贈与税がらみの疑問は、これにとどまらない。
小沢氏の説明では、'97年12月に3億円、'02年4月に6000万円を、それぞれ家族名義の口座から引き出したというが、
「ということは、今度は家族から小沢氏に3億6000万円が贈与されたことになりますね。このときの贈与税を小沢氏は払ったのか。いずれももう時効ですが、贈与税を支払っていなかった可能性もあります」(同前)
ちなみに国会議員の資産公開で、家族名義のものは対象になっていない。したがって、代議士は自分の資産を家族名義にしておけば、世間に公開する義務はないのだ。
小沢氏が溜め込んだ巨額の資金を世間の目に晒さないように家族名義にしたのだとしたら、悪質な“資産隠し”と言われても仕方ないだろう。