新政権に課される「食」の信頼回復
[不安な秋]放射性セシウム、風評に戦々恐々

 今年も実りの秋が来た。農家にとって丹精を込めた作物の出荷ほどうれしいことはないはずだが、今年は手放しで喜べない事情がある。福島第1原発事故の影響が心配されるからだ。

 農林水産省と自治体は、コメは出荷前後にダブルチェックし、汚染された稲わらを食べた肉牛についても一時出荷停止などの措置で消費者の信頼を取り戻そうと躍起になっている。だが、いったん植え付けられた不信感は根強い。不安を払拭できるかどうかが、新政権にとって極めて重要な課題になる。

 コメに含まれる放射性セシウムの暫定規制値は、肉や魚と同じ1キロ当たり500ベクレル。ホウレンソウなどの葉物野菜やお茶の場合は葉や茎の表面に付着した放射性物質が問題だが、もみ殻に覆われて実るコメは、土中から吸い上げる量が決め手となる。田植え時期が迫った4月、農水省は土壌の放射性セシウムが1キロ当たり5000ベクレルを超える農地の作付け制限を決定した。土中のセシウムの最大1割が可食部(玄米部分)に移ると試算したためだ。つまり、土壌のセシウム濃度が1キロ当たり5000ベクレルを下回れば、玄米では規制値の500ベクレルを超えないことになる。

 実際に作付け制限が発動されたのは、福島県内に設定された警戒区域と計画的避難区域、緊急時避難準備区域(計12市町村)だった。警戒区域は原則として立ち入れないので当然だが、他の2区域も避難や、状況によっては屋内退避などが求められ、農作業が困難な地域だからだ。対象は農家約7000戸、約1万ヘクタールに上った。

 更に農水省は8月初め、青森から静岡までの17都県で「土壌の放射性セシウム濃度が1キロ当たり1000ベクレル以上」か「空間放射線量率が毎時0・1マイクロシーベルト超」の地点などで収穫の前後2回、玄米を調べることを決めた。収穫前の予備調査で玄米1キロ当たり200ベクレルを超えるセシウムが検出された場合は「重点調査区域」に指定され、収穫後の本調査では15ヘクタール当たり1地点で調べる。そこで500ベクレルを超えれば、その地域の新米は出荷が停止される。

 幸いなことに8月28日現在、この基準に抵触するコメは見つかっていない。関東一の早場米地帯である千葉県は8月上旬に館山、鴨川、南房総の3市17カ所で収穫された玄米を調べたが、放射性物質は検出されなかった。静岡県も自主的に調べたが、不検出だった。中旬には茨城県鉾田市の玄米で初めて放射性セシウムが検出されたが、その量は1キロ当たり52ベクレルと規制値を大きく下回った。

 農水省は作付け制限という「入り口規制」を課したことで、コメが出荷停止などになる可能性は低いとみているが、生産者の不安は尽きない。宮城県の農家の男性は「公的な検査を信頼するしかないが、もし出荷停止になったら、困るのは収入の問題。東京電力に請求するとしても支払いがいつになるかわからない。迅速に金銭補償してほしい」と語る。

心配なコメ離れと市場混乱 癒えない畜産農家の深い傷

 風評被害も心配だ。コメの業者間取引では昨年収穫された古米が引き合いになっており、今年1月に60キロ(1俵)当たり1万2000円だった昨年産の「あきたこまち」が7月には2万円近くに高騰するといった極端な値動きが生じている。

 業界関係者は「もともと端境期で値上がりしやすいところへ、震災後に消費者がコメの買いだめに走ったため品薄になっている」と説明するが、放射能汚染が心配される新米より、安心な古米を求める消費者や小売業者の心理が影響しているとの見方もある。


  折しも8月8日に東京と大阪で始まったコメ先物取引では、震災や原発事故、7月の新潟・福島豪雨の影響でコメ不足になるとの思惑から、値幅制限を超えるほどの高値がついた。しかし、その後は急落。JA(農協)グループ関係者は「生産現場が混乱するだけ」と迷惑顔だ。現物の取引では、福島原発に近い地域のコメと、それ以外の産地で大きな価格差がつく恐れもある。

 風評被害におびえる産地は自衛策を講じ始めている。毎日新聞が8月13日時点でまとめたアンケートでは、農水省が検査対象に指定した17都県以外にも、自主的にコメを調べる自治体が13府県に上った。その地域は北陸から近畿、中国、四国地方にまで広がっている。これまで全国的には評価が低かった西日本のコメが「安全」をテコに東日本に販路を広げ、コメをめぐる版図が塗り替わる可能性も出てきた。

 国民全体のコメ離れ、または国産米離れが進む懸念も否定できない。総務省の家計調査によると、2人以上世帯のコメの購入量は震災のあった今年3月に7・44キロに急増し、同月としては03年以来8年ぶりに7キロを上回った。震災を受けた買いだめの結果だが、逆に翌4月以降は一転して6キロを下回る低水準が続いている。

 これを「買いだめの反動による一時的な現象」と言い切れるだろうか。農薬やカビ毒に汚染された輸入米が食用に出回っていた汚染米事件では、事件が発覚した08年9月から2カ月連続でコメの世帯購入量が10キロを上回ったが、今度はこの「安全な国産米、危ない輸入米」という図式が逆転しかねない。「国産神話」が崩れれば、10年度に39%に落ち込んだ食料自給率(カロリーベース)は更に下がり、民主党政権が掲げる「20年度までに50%達成」という目標は大きく遠ざかるだろう。

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