「なでしこ」快挙を機に裾野の拡大目指す
[女子サッカー]競技人口の増加を阻む「中学問題」

国民栄誉賞うぃお受賞し菅直人首相(前列中央、当時)らと記念写真に納まるサッカー女子W杯日本代表選手ら=首相官邸で8月18日

 ドイツで行われたサッカーの女子ワールドカップ(W杯)で強豪のドイツや米国を破って世界一に上り詰めた「なでしこジャパン」。予想をはるかに上回る快挙にこの夏、日本中が祝賀ムードに沸いた。チームとして初めて「国民栄誉賞」に輝いたのをはじめ、それぞれの出身地などからの受賞が相次ぎ、試合会場にはW杯前とは比較にならないほどのサポーターが詰めかけた。しかし次の「なでしこ」たちを育てるためには競技人口の拡大など課題が多い。

 3年前の北京五輪で初めて4強入りした「なでしこジャパン」。昨年の広州アジア大会では男子とともにアベック優勝し「アジア女王」として臨んだ今回のW杯。就任4年目の佐々木則夫監督は「このチームでメダルを取れなければ永遠にメダルに届かない」との自信と決意を胸に臨んだ大会でもあった。

 歓喜の優勝までの道のりを簡単に振り返ってみよう。

 順当に決勝トーナメントに進んだ「なでしこ」は、準々決勝でW杯3連覇を目指す開催国ドイツと対戦。これまで五輪などの国際大会で8度対戦し、1度も勝ったことのない格上の相手だったが、攻撃力に勝るドイツの攻めに耐えに耐えた。0-0のまま延長に突入し、延長後半3分、途中出場の丸山桂里奈が決勝点を奪った。シュート数はドイツ23本、日本9本。この数字が試合内容を如実に物語る。

 準決勝でスウェーデンに2-1で逆転勝ちし、初めてコマを進めた決勝の相手は世界最強の米国。過去24度対戦し、21敗3分けと1度も勝ったことのない、なでしこにとっては高く厚い壁だった。

 序盤から予想通り米国のパワフルな攻撃が日本ゴールを襲った。後半24分、途中出場のモーガンのミドルシュートで均衡を破られたが、12分後、相手ゴール前の混戦からMF宮間あやが冷静に左足で押し込み同点。さらに延長前半14分、米国のエース・ワンバックに頭で決められ、再びリードを許したものの、延長後半12分、主将の澤穂希が右足アウトサイドで芸術的なシュートをたたき込み、またも振り出しに戻した。

 120分で決着せず、優勝の行方はPK戦に持ち込まれた。ここではGK海堀あゆみのスーパーセーブが飛び出し、日本が4-1で米国を破り、悲願の初優勝が決まった。

「なでしこ」のW杯初制覇は世界中を驚かせたが、とりわけ日本国内に及ぼした反響は予想をはるかに上回るものだった。ただでさえ「サッカー後進国」と見られてきた日本。中でも女子サッカーの歴史は浅く、注目度も低かった。その女子が一足飛びに世界の頂点に駆け上がった。

 3月の東日本大震災以降、明るい話題の乏しかった日本中を明るくする快挙でもあった。格上の相手に臆することなく、苦境に陥っても最後まで試合を諦めず、粘り強く結束して戦った試合内容は、震災後の惨禍にあえぐ被災地の人たちを何よりも元気づけ、勇気づけるものだった。

 日本国内でサッカーが注目された最初の機会は1968年のメキシコ五輪だ。日本が銅メダルを獲得し、釜本邦茂が得点王に輝いた大会だが、釜本世代に続く選手が育たず、日本サッカーは冬の時代を迎える。その間、「サッカー」と「女子」を結び付ける発想は日本にはなかった。

 女子サッカーの「全日本選手権」が始まったのは80年のことだ。だが、その時も「女子サッカー」は男子のサッカーとは別物と考えられてきた。「イレブン」ならぬ1チーム8人で、試合時間は35分ハーフ。ピッチの広さも男子の3分の2ほどだった。

 91年にW杯の前身である女子世界選手権が始まり、96年アトランタ五輪で女子サッカーが正式種目に採用された。これらが契機となり、国際的にも国内的にも女子サッカーはルールなどの面で、男子同様に整備されてきた。

 日本女子は91年の第1回大会から今回のドイツ大会までW杯には6大会連続出場している。男子が初めてW杯に出場したのは98年のフランス大会だったことを考えれば、日本女子は男子よりはるかに先を行っていたわけだが、残念なことにあまり注目されることはなかった。

 なでしこリーグの前身、日本女子サッカーリーグが発足したのは89年。国際大会に選手を送り出すための受け皿となったが、男子と比べても圧倒的に注目度が低く、リーグの運営は苦戦の連続だった。毎年のようにチームの休廃部が相次ぎ、最近でも福島原発の事故のあおりを受け、東京電力がチームの活動を停止したばかり。

 なでしこリーグの選手も、澤選手のようにプロ契約をしている選手はほんの一握り。大半は一般の社員と同じく仕事をしたり、アルバイトで食いつなぎながらサッカーに打ち込んでいるアマチュア選手だ。

 国内で女子サッカーが育ちにくい環境もある。象徴的なのは「中学問題」と呼ばれるものだ。

 男女の体格差が小さい小学生までは男子と同じクラブチームでプレーできるが、中学に進むと女子の「サッカー部」がなく、サッカーから離れていく少女が少なくない。日本中学校体育連盟の10年度の資料によると、全国1万814校のうち女子サッカー部があるのはわずか625校しかない。

 高校も事情はほぼ変わらない。全国高校体育連盟の09年の集計で女子のサッカー部があるのは627校。男子の4185校の6分の1ほどだ。全国高体連は、来年のインターハイ北信越大会から女子サッカーを種目に加えることを決めているが、今回の「なでしこジャパン」の快挙で、女子サッカーが一躍インターハイの注目種目になることも予想される。

15年までに選手30万人目標

 日本サッカー協会は、現在4万人に満たない女子選手を15年に30万人まで増やす目標を掲げている。競技人口増加に向けて、まず解決しなければならないのは「中学問題」の解決だ。

 今回の国民栄誉賞の授与を決めた閣議後の会見で、枝野幸男官房長官(当時)は「女子のスポーツ全体が厳しい環境の中で活動している。政府としての支援の必要がある」と語った。

 3年前の北京五輪でソフトボールが宿敵・米国を破り、金メダルを獲得した。今回は「なでしこ」が日本中を元気づけた。政治も経済も長期低迷が続く日本。活力を生み出す処方箋は女子スポーツにあるのかもしれない。

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