党内の支持優先で国民を見ていない野田政権「ノーサイド政治」の本質は
「霞が関におんぶにだっこ」

「政策」にノーサイドなどありえない
野田佳彦新総理が誕生した〔PHOTO〕gettyimages

 野田佳彦新総理が誕生した。このコラムを執筆している9月1日午後時点で内閣の顔ぶれは決まっていないが、それでも、これまでの発言などから新しい野田政権の性格がおぼろげに見えている。

 野田は民主党の代表に決まった直後の演説で民主党議員に「ノーサイドにしましょう」と呼びかけた。日本人は対立よりも協調性や調和を好む人が多いから、こういう姿勢は一般に好感をもって受け止められているようだ。

 だが、ラグビーのスポーツ精神でノーサイドが尊いとしても、政治の世界がそれでは困る。国民はまず政策を判断材料にして議員を選んでいるはずだ。代表選が終わった途端にノーサイドでは、自分が選んだ議員を通じて実現してほしい政策まで、なんだかあいまいに妥協されてしまいかねない。

ノーサイドとは一昔前の自民党政治そのもの

 国民の代表である政治家には、信念をもって最後まで「自分のサイド」を貫いてほしい。また、そうあるべきだと思う。

 野田が両院議員総会で「ノーサイドにしよう」といった視線の先には、400人の民主党国会議員しか見えていない。政権基盤を安定させられるかどうかは、まず民主党議員たちの支持にかかっている。だから野田はノーサイドと言って、できるだけ多くの議員に支持してもらいたかったのだ。

 だが実は、議員たちの後ろに多くの有権者が控えている。有権者はみなそれぞれ実現してもらいたい、あるいは実現してもらいたくない政策がある。ある人は増税を望み、別の人は増税をまったく望まない。ここは、けっしてノーサイドにはならない。

 たとえば、既得権益を得ている層とそうでない層では基本的な利害対立がある。

 国民に意見対立があるなら、国民の意見を反映する政治家の政策も対立しているはずだ。ところが、そういう対立を覆い隠して政治家たちに「みんな和解しましょう」と言っている。ここに野田政治の本質的側面がすでに表れている。

 言い換えると、ノーサイドとは一昔前の自民党政治そのものでもある。

 自民党時代には政策は霞が関が一手に引き受けていた。政策は霞が関がつくっていて基本的にみな同じだったから、永田町の政治家は「決断と実行」とか「忍耐と寛容」とか政策の根幹に関係ない部分でアピールしていた。実行力とか包容力とかを競う以外に言いようがなかったとも言える。

 そういう政治はダメと分かったので、2年前の総選挙で民主党は「脱官僚・政治主導」の旗を掲げたはずだった。政治家が政策を官僚の手から取り戻そうとしたのだ。ところが結局、官僚に絡めとられて脱官僚路線はうまくいかず、民主党三代目の野田政権に至って、結局「ノーサイド」と言う以外になくなってしまった。

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