“あの事故”で国土を失い民族離散した日本人の未来。なぜ作家は10年前に「原発事故後の世界」を予見したのか。 ーー小説集「ディアスボラ」著者・勝谷誠彦インタビュー

---勝谷さんというとテレビのイメージ。数多く出されている本も食べ物や旅の印象が強くて、小説を書かれるとは知りませんでした。

勝谷: もともと私は小説を勉強してきたんです。最初に書いたのが15歳の時。この作品は19歳のころ商業誌に掲載されました。大学では平岡篤頼先生に師事してかなり習作を書きましたよ。文芸誌へのデビューは在学中の『早稲田文学』です。

 でも誰も認識してくれない(苦笑)。先日も『週刊文春』が『ディアスポラ』のことをとりあげてくれたのはいいんだけど見出しが「初の小説集」。違います。光文社から『彼岸まで。』というのを出している。(『平壌で朝食を』と改題されて現在は光文社文庫)。

---『彼岸まで。』は拝読しましたが、今回の『ディアスポラ』や同時に収録されている『水のゆくえ』はずいぶんとテイストが違いますね。『彼岸まで。』に入っている作品はミステリー性がありノンフィクションぽい。文体もずいぶんと異なります。

勝谷: 『ディアスポラ』も『水のゆくえ』も10年前に『文學界』に発表した作品なんです。だからいわゆる純文学のテイスト。あと一本書いて単行本にしようと言っている間に、私の怠惰のせいで10年がたってしまって。

---それが今になって本になったというのは原発事故がきっかけ?

勝谷: そうなんです。避難されている方々のことを思うと申し訳ないんですが、事故がなければ埋もれたままになっていたかもしれない。二つの作品の背後にあるのが日本列島が住めなくなるような「事故」なんですね。実はどこにも「原発」とは書いていない。だけどどう読んでもそれは放射能汚染しか考えられないと読者は思うでしょう。

---10年前に書かれたものなのに、被害の描写などがいまの新聞を読んでいるようです。

勝谷: 当時はまだネットも充実しておらず図書館に通いつめて調べました。調べれば調べるほど本当に原発事故が起きればえらいことになるとわかった。「起きれば」です。「絶対におきないこと」にあのころはなっていたんですね。私もどこか信じていた。しかしその「絶対」を覆した先の世界を描くのが小説家の仕事だと思っていたんです。

---『ディアスポラ』は舞台をチベットにとっています。中国による強権的な支配の様子などがリアルですね。これも書かれた時から10年の間に世界中が知るようになった。そういう意味でも先見性があります。

勝谷: 正直に言うと私にあの作品を書かせた最大の動機は原発よりもチベットなんです。原発事故は背景の書き割りといってもいい。執筆の少し前に私はチベットをラサからカイラス山まで1500キロにわたって横断しているんですね。いつ死ぬかというような旅でした。