田原聡一朗×山口絵理子「マザーテレサの活動にあこがれてマザーハウスという名前にしました」
最貧国で活躍する女性起業家に聞く 第2回

vol.1はこちらをご覧ください。

最初は160個のバッグを売るのも大変だった

田原: 最初は提携の工場でバッグはいくつ作ったのですか?

山口: 160個です。

田原: 160個くらいでは、会社として利益は出ないですよね?

山口: そうです。でも少しずつ大きくなればいいかなと思っていましたから。次は650個作りました。

田原: その提携工場は、マザーハウスのバッグ以外、どんなものを作っていたところなんですか?

山口: 3000円くらいのフェイクレザー(模造毛皮)のバッグを作っていました。

田原: 山口さんのバッグはいくらで販売していたのですか?

山口: 最初の160個は、13,000円くらいです。

田原: その160個は、全部売れたのですか?

山口: 160個はなんとか売り切りました(笑)。

田原: 日本ではなんのブランド力もなかったわけですよね。どうやって宣伝したのですか?

山口: 宣伝はしていません・・・まず家族に買ってもらいました(笑)。そして、高校時代の柔道部の後輩や、国際関係に興味を持つ人たちの集まりに行って、その場で並べて売ったりしました。必死でいろんなことをしました。

田原: 自分で売ったわけですか?

山口: もちろん!だって誰も売ってくれないですから(笑)

田原: 小売店などは利用しなかったの?

山口: 行きましたが、相手にされませんでした。「バングラデシュってどこ? 途上国なのに大丈夫?」とか、「中国よりなんで高いの?」、そういう質問ばかりでした。しかも、百貨店に卸した場合は売り上げの20〜30パーセントを持っていかれたんです。それが当時の私としては、「なんでこんなに必死に作っているのに、場所しか貸していない彼らが、こんなに持っていくんだ!」って、仕組みがわからないから、そんなことを思っていました。

田原: 次の650個はどうやって売ったのですか?

山口: 自分でウエブサイトを作ってそこで売りました。また、取引(商談)のことを学びながら、13件の卸先ができ、そこで販売していました。

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