メディア・マスコミ
ニューヨーク・タイムズ記事との違いに学ぶ 日本の「匿名報道」に信頼性はあるのか
2010年12月21日付の日本経済新聞

 前回の記事(「大量破壊兵器からウィキリークスへ」)では、ニューヨーク・タイムズ紙上で「イラクに大量破壊兵器がある」と報じた記者ジュディス・ミラーについて「匿名報道の代表選手」と書いた。

 日本の新聞報道はどうだろうか。二十年以上前になるが、個人的な体験を振り返ってみたい。情報源を匿名にするどころか、情報の出所さえ示さない報道が残る点では今も昔も変わらない。それと照らし合わせれば、ミラーを「落第生」扱いにするわけにもいかない。

 1980年代後半、いわゆる「プラザ合意」を受け、円高が急ピッチで進んでいた。日米首脳会談や先進国首脳会議などの場でも、常に為替相場が主要な議題になっていた。私は当時、日本経済新聞社が発行する英字新聞「英文日経」に所属し、英語で情報発信する立場にあった。

「日米が為替安定化で一致? 事実とちょっと違う。なんでこんな記事になるんだ」---。ある時、日経の英文速報記事にアメリカ財務省からクレームがついた。

 日経社内でもちょっとした騒ぎになった。事の発端は英文速報だったから、英文速報も手掛ける英文日経編集部にも問い合わせがあった。原因は単純だった。日本語の記事を機械的に英訳し、海外へ発信したことが誤解を生んだのだ。

 2国間の首脳会談や大臣会談であれば、記者が会談現場を直接取材することはまずない。首脳や大臣が自ら記者会見しなければ、会談に同席する政府高官が記者団にブリーフィングする。それがそのまま新聞紙面に載り、「日米は為替安定化で一致した」などとなる。

 本来ならば、記者は「政府高官の説明によると日米は為替安定化で一致した」「会談終了後に政府高官は記者団に対し『日米は為替安定化で一致した』と語った」などと書かなければならない。ところが、日本の新聞界では「情報の出所を明示していない記事」であっても必ずしも問題視されない。

 為替相場をテーマにした日米首脳会談や大臣会談であれば、アメリカ財務省は当事者であり、報道内容が正しいかどうか一目で分かるはずだ。日経記事の場合、元の日本語記事というよりも英訳に問題があり、「事実とちょっと違う」と思われた可能性もある。

 いずれにせよ、記事中で情報の出所が政府高官である事実が示されていたら、アメリカ財務省は「円高を阻止したい日本政府がマスコミを利用しようとしたのか」などと思うだけで、記事には文句をつけなかっただろう。政府高官のブリーフィングで「日米は為替安定化で一致」という説明があったこと自体は事実であり、誤りではないからだ。

勉強になった『英文日経』の記者時代

 私は当時20代後半の記者であり、「ジャーナリズムとは何か」を深く考えるほどの経験もなかったし、余裕もなかった。だが上司に恵まれた。小所帯の編集部にもかかわらず、ジャーナリズム教育の最高峰であるコロンビア大学ジャーナリズムスクールの卒業生が2人もいたのである(ビジネススクールなどと比べると日本人卒業生はケタ違いに少ない)。

 情報の出所を書いていない日本語記事をそのまま英訳して見せれば、必ず突き返された。「日本語ではともかく、英語では情報の出所が欠けていると記事として成立しない」---。英文日経時代は、日本語記事を英語へ翻訳する過程でアメリカのジャーナリズムについて学ぶ機会が多かった。

 ゴシップ紙やインターネットを見れば分かるように、出所不明の情報があふれている世界は、事実よりもセンセーショナリズムを優先する「イエロージャーナリズム」と隣り合わせだ。「ジャーナリズムは公共性が高い職業」と宣言したジョセフ・ピュリツァーの倫理観とは相容れない。ピュリツァーはコロンビア大学ジャーナリズムスクールの創設者で、ピュリツァー賞の生みの親だ。

 というわけで、私は英文日経時代、日本語の記事を英訳する場合には必ず"編集"していた。「日本政府高官によると(according to senior Japanese government officials)」などと追加情報を入れるのだ。繰り返しになるが、こうしないと英語の記事としては不自然であり、「信憑性に欠ける」と見なされかねないからだ。

 日本語の記事を読んだだけでは情報の出所が分かりにくい場合もある。「政府・日銀は新金融緩和策をまとめた」という記事であれば、「出所は政府なのか、日銀なのか」「政府ならば大臣クラスなのか、課長クラスなのか」といった疑問がわく。勝手に「政府首脳によると(according to top government officials)」などと書くわけにはいかない。

 そんなとき、記事を書いた記者に電話し、「出所をある程度示さないと、英語の記事として成り立たない。どのように表記したらいいのか教えてくれませんか」などと聞いたものだ。すると記者から「情報源を明かすわけにはいかない」と邪険に突き放されることもあった。

 コロンビア大学ジャーナリズムスクールで教科書として使われ、「ジャーナリズム教育のバイブル」とも呼ばれるメルビン・メンチャー著『ニューズ・リーポーティング&ライティング』をひもとくと、こう書いてある。

 「基本原則は、記者が直接見たり聞いたりした場合を除けば、必ず出所を明示すること。警察の公式記録などであっても、真実を示しているとは限らないから、やはり出所を書く。例外は、誰でも知っている事実に限る」

 「誰でも知っている事実」とは、「地球は丸い」といった常識のことを指す。冒頭で取り上げた日経記事「日米が為替安定化で一致」では、記者が会談の現場を直接取材したわけではなかったのに、あたかも現場に居合わせたかのように書かれていた。「記者が直接見たり聞いたりした場合を除けば、必ず出所を明示すること」という原則に反していたのだ。

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