大研究シリーズ 医者の死に方

プロが選ぶ「最期」、選ばない「最期」


他人の死をさんざん見届けることになる彼らは自らに訪れる死をどう受け止めるのか。がん告知されても動じないのか、それとも・・・。

がんで死にたい/自宅か病院か/「死の行程」/いい死に方、/ヘタな死に方/恐怖心との闘い ほか

 他人の死をさんざん見届けることになる彼らは自らに訪れる死をどう受け止めるのか。がん告知されても動じないのか、それとも・・・。「生と死」のプロである医師たちの、患者には見せない生身の姿。

「53歳で俺の人生も終わりか」

亀田総合病院 特命副院長 兼 主任外科部長 加納宣康医師

 胃や大腸など消化器系がん手術の名医である亀田総合病院(千葉県鴨川市)の特命副院長兼主任外科部長・加納宣康医師(61歳)は、7年前、心筋梗塞を発症し、「死」を覚悟した。

 千葉県幕張のホテルニューオータニで開かれた研究会に参加していたときのことだった。急に胸がグワーッと締め付けられるように感じ、激痛が襲った。

「これは心筋梗塞に違いない」と思った加納医師は、まず横になり、その場にいた医師に脈をとってもらうと、40しかなかった。

「これはダメだ」と救急車を呼び、そのまま救急医療センターに搬送された。ベッドに横たわりながら血液造影の検査で映し出された自分の心臓の血管を見て、「これは助からないかもしれんな」と感じた。

 右冠動脈の根部が完全に詰まり、血流が途絶えていたのだ。病院へ駆けつけた息子にこう言ったという。

「父ちゃんはもうダメかもしれないから、お前がしっかりしないといけないぞ」

 自分の体調の異変に気づき、救急車を頼み、検査結果を見ながら自分の病状を把握する。その後の可能性まで考えて、家族へメッセージを託す---もし、我々一般人が心筋梗塞になったとき、はたしてどれほどの人がここまで冷静に対処できるだろうか。

「死」を覚悟しなければならない病にかかった際、"病気のプロ"である医者は何を考え、どのような死に方を選ぶのか。それを探ることで、われわれ自身がよりよい最期を迎えるためのヒントが見えてくるに違いない。

元日本癌学会会長 黒木登志夫医師

 がんの研究者であり、元日本癌学会会長(現日本学術振興会・学術システム研究センター副所長)の黒木登志夫医師(74歳)も、死の予感を冷静に受け止めた。

 黒木医師は痔の出血がきっかけで大腸検査をし、4個のポリープが発見された。それを取って検査をしたところ、真ん中に2mmほどのがん組織が見つかった。

「幸いにもまだがんは生まれたばかりで小さく、粘膜内にあるだけだったので、これは大丈夫だと確信した。せっかくだからこの機会にがん遺伝子を解析したいと思い、分析材料にするために正常粘膜も取るよう、患者である私が医師に指示しました」

 自分のがんを研究材料にした黒木医師は、それを論文にまとめて日本癌学会の英文専門誌に発表した。基礎医学の研究者である黒木医師にとっては、自分にできたがんも研究材料のひとつなのだ。

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