伊藤博敏「ニュースの深層」
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上田藤兵衞・同和団体会長が山口組若頭を告訴するに至った理由

2010年12月16日(木) 伊藤 博敏
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 日本最大の暴力団ナンバー2を"刺した"男が沈黙を破った---というサブタイトルのもと、『週刊ポスト』(12月24日号)に、「山口組と同和運動と自民党---私の30年史をお話しする」という形で登場、私のインタビューに答えたのは、同和団体会長の上田藤兵衛氏(65)である。

 上田氏は、高山清司若頭を告訴、恐喝容疑での逮捕、恐喝罪での起訴にまで持っていった。山口組の組織的反発が予想され、その重圧はハンパではない。現に、京都府警が24時間体制で重要証人としてガード。そうした危険を冒してまで告訴した理由は何なのか。

 そこには、捜査当局と意見を同じくする上田氏の危機感があった。

 「弘道会壊滅作戦」を指示していた安藤隆春・警察庁長官は、そのトップである高山清司会長を京都府警が逮捕した11月18日、記者会見でこうぶち上げた。

「山口組を実質支配している若頭の逮捕で、組に多大な打撃を与えると評価している。今後も弘道会の壊滅を目指して、取り組みを一層強化したい」

 弘道会にこだわり抜いたのは安藤長官である。弘道会本部(名古屋市)のある愛知県警に徹底的な取り締まりを命じ、今年4月には「弘道会特別対策室」を設置させた。

 成果は着々と上がり、この1年で弘道会関係者の逮捕は1000名に及んだ。その集大成が山口組ナンバー2の若頭で弘道会会長を務める高山清司被告の逮捕だった。

 当初、4000万円の「みかじめ料」の要求は、本人ではなく、窓口となった淡海一家(滋賀県大津市を拠点とする山口組直系組織)の高山義友希総長らの口から出たもので、高山被告は「よろしく頼む」と言ったに過ぎない。従って、「罪に問うのは難しく、起訴すらできない」という希望的観測が、山口組内部に広がった。

 しかし高山被告は、12月8日、起訴された。その最大の理由は、「みかじめ料」を要求された上田氏側に、山口組の「両高山」から激しいプレッシャーを受けた痕跡が残され、その重圧を跳ね除けたいという強い意思があったためである。

 上田氏は、1986年、同和団体の立ち上げに参加、以降、京都府本部の中心となった。同和運動へのかかわりは30年近くに及び、その間に「政・官・財・暴」といった表裏の権力にパイプを築き、京都では知らぬものとてない。

 高山被告は、銃刀法違反で服役中の司忍(本名・篠田建市)山口組6代目組長から若頭として留守を預かる間に、山口組を強権支配した実力者である。

 直系組長に月曜日から金曜日までの「山口組本部(兵庫県神戸市)詰め」を命じて勝手な行動を許さず、上納金もシビアに徴収、反発し離反する組長は、後藤忠政・後藤組組長などのように除籍処分にした。

 その剛腕で高山被告が京都へ進出する時、実力者の上田氏を抑え込みにかかるのは、ある意味で当然といえた。上田氏を"傘下"にすることで、中央政界にも、京都府や京都市といった行政にも、ゼネコンや地元土建業者にも太いパイプが築けるからだ。

 だが、同和団体や他のNPO法人などの要職に就き、傘下に建設組合や建設、警備、メンテナンス会社などを抱える企業人でもある上田氏は、「山口組の配下」となることはできなかった。それが圧力をかわして告訴に至った理由だが、山口組周辺からの反発はハンパではなかった。

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