メディア・マスコミ
大量破壊兵器からウィキリークスへ  匿名報道は「無責任報道」と紙一重
実名報道こそがでっち上げを排除する
ジェイ・ローゼン氏のブログ「プレスシンク」

 ジュディス・ミラーからジュリアン・アサンジへ---。こんなタイトルの論文が12月9日にインターネット上に登場し、話題を集めている。

 筆者は、ニューヨーク大学(NYU)ジャーナリズムスクールの教授を務め、ジャーナリズムの論客として知られるジェイ・ローゼン。自分のブログ「プレスシンク」上で、ニューヨーク・タイムズ(NYT)の元スター記者ミラーと内部告発サイト「ウィキリークス」創設者アサンジを対比させる論文を書いた。

ミラーは匿名報道の代表選手でもある。前の記事(「イラク戦争に火をつけた大量破壊兵器スクープは御用記者の誤報」)でも取り上げたように、匿名の情報源に頼って「イラクに大量破壊兵器は存在する」と書き、ブッシュ政権によるイラク戦争を後押しする格好になった。言い換えると、ブッシュ政権にうまく利用され、「御用記者」に成り下がってしまったのだ。

 情報源が実名で書かれていれば、ミラーの記事はそれほど注目を集めなかったと考えられている。というのも、情報源が「戦争正当化に向けて世論を誘導したいブッシュ政権高官」や「イラクのフセイン政権の転覆を願う亡命イラク人」に偏っていることが明らかになり、「大量破壊兵器が存在する」という情報に疑問符がつけられたかもしれないからだ。

 それだけではない。実名で語るとなれば、情報源は自らの発言に責任を持たなければならず、いい加減な事は言えなくなる。つまり、決定的な証拠がない状況下では、実名では「大量破壊兵器は存在する」と言いにくくなるのだ。匿名であれば「そんな事は言っていない。NYUが勝手に書いただけ」とNYTへ責任転嫁できる。

 ローゼンは要約すると次のように書いている。

< アメリカのジャーナリズムは、ウォーターゲート事件やペンタゴンペーパー事件で権力の監視役としての地位を築いた。だが2002年9月8日、その評判は地に落ちた。この日、ミラーが大量破壊兵器の記事を書いたのだ。

 イラク開戦当時、『急進的な政府不信』は許されなかった。マスコミは政府を疑わず、むしろ擁護し、政府は国民をだまして戦争に突き進んだ。その反動として今起きているのは、ウィキリークスが象徴する『急進的な情報開示』だ。

 民主主義が機能しなくなったとき、最後の望みは報道機関による監視だ。しかし、最悪の場合、報道機関による監視も機能しなくなる。すると、政府の秘密を暴くために極端な内部告発が起きる。アサンジを理解するためには、『ミラーで始まり、ウィキリークスで終わる物語』を語らなければならない >

 無責任な匿名報道が横行した反動でウィキリークスが登場した---ローゼンはこう言っているのだ。アメリカの基準では、国家安全保障など国家機密が絡む微妙な問題を取材しているときでも、匿名の利用は最小限にしなければ、批判は免れないということだ。

 では、国家機密とは無関係の教育や社会問題などをテーマにした一般的な読み物ではどうか。匿名報道は実質的に禁じ手である。前回の記事(「匿名、仮名、無署名・・・。名無しがあふれる、こんな日本の新聞記事を信じられるか?」)で書いたように、この点では日本とは決定的に違う。

匿名の理由を徹底的に説明するアメリカの新聞

 それだけに、どうしても匿名にしなければならないときには、記事中でその理由を明記するよう求められる。実際、アメリカの新聞を読んでいると、日本の基準では「くどい」と感じるほど匿名利用の理由について説明してある。

 記事中で理由を明記すれば自動的に匿名が許されるというわけでもない。「イラクの大量破壊兵器」報道でミソをつけたNYTでは、記事審査委員長(パブリックエディター)のクラーク・ホイトが2009年3月22日付の紙面で次のように書いている。

< われわれの倫理規定には『匿名の利用は最後の手段』がある。だが、ニューヨークの豪華高層マンションについて最近書かれた記事は、この規定に反している。

 記事中、記者はマンションのロビーから出てくる女性に取材し、『まるで地獄のねぐらのようだ』という辛辣なコメントを得ている。女性は匿名だ。その理由について記事は明記しているが、首を傾げざるを得ない。

 記事によると、女性はマンションに住む友人を訪ねていた。マンションにけちをつけると、友人を怒らせかねないから、実名は勘弁してほしい---こう言ったそうだ >

 ホイトは、NYTの紙面上でNYTの記事を悪例として使いながら、「『友人を怒らせかねない』という程度の理由で匿名を使ってはならない」と指摘したのだ。

 「地獄のねぐら」とコメントしたところで、国家機密の漏えいで守秘義務違反に問われるわけでもないし、人命を危険にさらすわけでもない。だとしたら、実名で似たコメントをしてくれる人はいるはずである。そんな人が現れるまで、記者はロビーで待機していればいいのだ。

 ちなみに記事審査委員長は、ミラーのイラク報道が批判を浴び始めた2003年になってNYTが新設したポストだ。編集局からも論説委員会からも独立した存在で、読者と直結している。そのため、編集局や論説委員会から介入を受けずに紙面を審査し、問題点があれば紙面上で直接読者に伝えられる。日本の新聞社にはない機能だ。

 同じ匿名でも、ミラーの記事と高層マンションの記事は次元が異なる。だが、問題の根っこは共通する。匿名を条件にすると、取材される側が自らの発言に責任を持たず、話をでっち上げる恐れもある(前回の記事で書いたように、実名でも話をでっち上げる人がいる)。取材する側も、事実を誇張したり、コメントを不正確に引用したりしても、批判されにくい。

 アメリカの新聞紙面上では、上場企業社長だろうが一般社員だろうが、校長だろうが生徒だろうが、区別なく同じように実名で報じられる。「一般市民は重要な情報源ではないから、匿名でいい」という考え方はない。

中面では見開き2ページで展開。多くの写真に高校生が登場、写真説明は実名入りだ

 実例はいくらでもある。11月21日付のニューヨーク・タイムズが1面で掲載した「デジタル化時代の高校生、注意散漫と隣り合わせ」という記事を見てみよう。未成年の高校生が何人も出てきて、興味深い。書き出しはこうだ。

< もうすぐ新学期が始まる。高校生のビシャル・シンは重大な決断を迫られている。本を選ぶのか、それともパソコンを選ぶのか、二者択一だ。

 本来なら、17歳のシンは、夏休みの課題であるヴォネガット作『猫のゆりかご』を読み終えているはずだった。だが、2ヵ月かけて43ページしか進んでいない >

 記事中、シンは「ユーチューブへ行けば、たったの6分で物語のすべてが分かる。でも、本ではこうはいかない。とても時間がかかる。ぼくはすぐに達成感を得たいんだ」と自慢げにコメントしている。

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