一般投資家向けの「仕組み物」は禁止したほうがが良い
実質的に詐欺商品を売るのはいかが

 岩手県は2007年の1月に50億円の債券を発行した。この債券の金利はドル・円の為替レートが1ドル98円よりも円安なら1.37%と当時としては低金利の調達になるのだったが、想定を超える円高が進んだことで2009年1月以降は年5%〜6%の金利を支払っているという(『日本経済新聞』12月3日夕刊)。

 最近は、銀行の個人向けのカード・ローンでも条件によっては5%を切る金利のものがあるし、住宅ローンなら2%台の金利で借りられる。地方自治体として、情けなくなくなるくらいの高金利だが、約束なので仕方がない。証券会社側から見ると「顧客の自己責任です」ということになるが、果たして岩手県庁内では、さて、誰がどんな「責任」を取っているのだろうか。

 この債券の場合、ドル円の為替レートに関するドルのプットオプションを売ることで得られるプレミアムを金利の割引に充てて当初低金利の調達を実現する一方で(フェアな条件はもっともっと低金利でいい筈だと推測するが)、顧客はオプションの売りのリスクを取るので、為替レートが想定外の方向に動いた場合の損失が支払い金利に乗るというスキームだと推測される。簡単に言うと、バクチの負けを金利の形で支払う仕掛けだ。

 このケースで、問題が三つある。

 先ず、岩手県庁の資金調達担当者はこの債券のプライシングを独力で計算できるだけの金融知識を持っていたかどうか。漠然と「日本経済の実力を考えると、大幅な円高は想定し辛いから、低金利(1.37%、当時)は魅力だ」と思って債券を発行してしまうなら、素人と変わらないし、これが証券会社の狙いだっただろう。条件がもっと良ければ、そしてリスクをヘッジすれば「いい調達」になっていた可能性はあるが、証券会社がそのような好条件を提示するはずがない。

 また、岩手県庁は、この調達が妥当な条件であったことを、県民に説明できるのだろうか。1.37%はリスクに見合うだけの十分な低金利だったのかどうか。こうした点を曖昧さが無い形で説明できるのかどうか。申し訳ないが、筆者は、たぶんできないのではないかと推測する。説明できないことはしない方がいい。

 さらに、そもそも、このような複雑な仕組みの資金調達をする必要性があったのだろうか。デリバティブのプライシングは、基本的に、プレーンなリスク・フリー資産の調達・運用との裁定から計算される。

 売り手・買い手の間で前提条件と計算に違いがなければ損も得もしないのが基本だが、現実の金融取引は、取り引きを提供する証券会社の側が、自分が儲かるようにプライシングを行う。それを敢えて手数料を払ってまで(手数料は通常契約条件に内在している)特殊なキャッシュフロー(今回は金利の条件)にする必要があったのだろうか。

 この取引は、端的に言って、通常よりも不利な条件で「円高ではなく、円安」という方向の為替相場を張っただけだろう。

 実は、本当は、四つ目の問題があり、それは、相手になった証券会社が岩手県庁側に真に十分な説明をしたかどうかだが、法的な要件が満たされてさえいれば、顧客が誤解して顧客側に不利な条件で借入や運用をしてくれることは証券会社側の儲けになる話なので、改めて問うだけ野暮だろう。

 つい、岩手県庁を責めるような書き方になってしまったが、特別に同県庁及び本件の担当者を批判したい意図はない。自治体の資金調達に(運用もだが)この種のデリバティブを使った「仕組み物」が不要かつ不適当であることを説明したかっただけだ。

損失は独自のデリバティブを使った「仕組み物」への投資だった

 岩手県のケースは資金調達で損をしたケースだが、同様の損失を資金の運用サイドで被るケースもある。

 約二年前だが、駒澤大学が資金運用で100億円を超える損失を出したことがニュースになった。この時期と相前後して、大学の資金運用で大きな損失が出たケースが複数報道された。確か、最大級の損失になったのが慶応大学で、立正大学も大きな損失であったと記憶している。

 大学は、入試や入学金、授業料などで現金が入るビジネスなので、この現金の運用を獲得することが出来ると、証券マンにとっては超上客になる。

 それぞれの大学には、ファイナンス(金融論)を教えている先生もいるはずだから、どうしてこんな運用をしてしまったのか不思議といえば不思議だが、運用に関わっているのはファイナンスの先生ではなく(たぶん相談を受けることもないのだろう)、財務の担当者であるケースが殆どなので、証券マンからすると学校が超上客なのだ。筆者が外資系の証券会社に勤めていたときにも、その会社で最も手数料を稼ぐセールスマンは学園客を持っている人物だった。

 これらの大学の巨額の損失も独自にアレンジされたデリバティブ(上場取り引きのデリバティブではないので「店頭(OTC)デリバティブ」と称する)を使った「仕組み物」(主に「仕組み債券」)に対する投資だった。

 地方自治体も、大学も、大きな金額を動かしていて、資金の担当者がいるという意味ではプロの投資家なのだが、はっきり言って、証券会社が計算違いをしていない限り有利な投資対象になりえない「仕組み物」を使って調達や運用をしている時点でプロの名には値しない。

 理論的には、プライシングが計算できる人は利用しないはずなのが「仕組み物」であり、「仕組み物」の利用者が居るということ自体が、「仕組み物」に対する商品説明が不十分であること証拠だと言っていい。

 しかも、自治体や大学だけでなく、個人向けにもEB(他社株転換権付債券)や元本確保型投信のような詐欺まがいの「仕組み物」は販売されている。証券会社ばかりでなく、銀行にも「仕組み預金」がある。これらの商品には、プライシングの損得を計算できない投資家が無知であるからこそ投資しているのだ。

 店頭デリバティブ商品に対する販売規制の緩和は、株式売買の手数料自由化などが行われた1998年の通称「日本版金融ビッグバン」を契機に行われたが、複雑な条件を使った店頭デリバティブを使った資金の調達や運用に関してまで規制を緩和したのはやり過ぎだった。

 これらは、そもそも禁止してしまった方がいいのではないかと思うのだが、金融庁が野放しにしているのはなぜなのだろうか。それは、金融庁が金融機関に対して、「監督」だけではなく、「育成」も目的としているからなのだろうか。

 それにしても、実質的に詐欺が成立しないと利用されないような商品をいつまでも合法にして置く必要はない。

 尚、為替、株式、金利などのリスクヘッジに対しては、上場型のプレーンな商品で十分対応可能だ。必要があれば、新たな上場型商品を追加すればそれで済む。

 店頭デリバティブ取引は目下「悪魔の米櫃」になっている。せいぜい悪魔どうし(金融機関どうし)の取り引きにとどめておくべきだろう。堅気の素人には売らせない方がいい。

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