財源欲しさに「富裕層狙い撃ち」増税策ばかりの税制改正
法人税率5%引き下げを打ち出したものの
〔PHOTO〕gettyimages

 16日の閣議決定へ向けて、菅直人政権は政府税調で2011年度の税制改正案のとりまとめを急いでいる。

 今回注目されるのは、この税制改正が民主党政権として初めてゼロから取り組むものであることだ。長期政権だった自民党時代のしがらみを断ち切り、抜本的な改革を断行してほしいと期待を集めていた。

 ところが、肝心の結果は、惨憺たるものに終わろうとしている。というのは、現段階(12日)までに明らかになっている事実を見る限り、法人税の実効税率の5%引き下げこそ指示したものの、こども手当など目先の人気取り策の財源確保に拘り、富裕層を狙い撃ちにした増税策を税制改正の柱に据えようとしているからである。

 いったい、このような本質論を置き忘れた税制改正を行うことになった責任は誰にあるのだろうか。

 日本の財政は過去2年、国債など公債の発行額が税収を上回り、巨額の財政赤字を計上した。これは戦後の混乱期以来という異常事態だ。

 原因は、経済の低迷の長期化にある。これによって、2007年度に51兆円あった税収は、2009年度に38.7兆円、2010年度に37.4兆円と減り続けた。

 その一方で、2007年度にすでに81.8兆円に達していた財政支出を、2009年度に101兆円、2010年度は92.3兆円と大盤振る舞いして経済を下支えしようとした。

 結果として、財政赤字は一気に膨らんだ。家計に例えると、月収40万円の家庭が毎月37万円の借金をして、77万円の消費を謳歌しているような状態だ。借金は積もり積もって6370万円に達して家計は破産寸前になっている。

 菅直人首相は財務大臣時代から、財政再建の重要性を説いており、首相に就任したことで、当然、「最大の欠点は必要な税収を確保できないこと」と言われる税制の抜本改正に乗り出すものと期待されていた。

 つまり、政権交代前からマニフェストで声高に主張してきたように、予算の無駄を削って、こども手当ての満額支給などの公約を果たすだけではなく、さらに消費税の引き上げにも舵を切り、高齢化社会に対応できる社会福祉制度の充実に着手する指導者と見込まれていたのである。

 そこで今回の税制改正に言及する前に、日本の税収の特色を簡単におさらいしておこう。

すでに国際水準からは高い所得税

 財務省によると、税目ごとにみた場合、日本は、法人・個人をあわせた所得税(国税・地方税合計)の比率が57.2%(OECD、2007年調査)と高い。この水準は、スウェーデン(52.4%)、ドイツ(49.3%)、イギリス(48.4%)、フランス(37.9%)などの西欧諸国を上回るもの。主要国で日本より高いのは米国(64.0%)ぐらいとなっている。

 逆に、資産課税の割合について、日本は14.5%とそれほど高い方ではない。フランス(22.6%)、イギリス(15.4%)に次ぐ3位の水準だ。

 一方、消費税となると、だいぶ様子が異なってくる。日本は全体に占める消費税の割合が28.3%と低く、米国(21.6%)と最下位を争っているのである。

 ところが、今回の税制改革は、消費税の税率引き上げ論議を当初から棚上げし、抜本的に税収を増やす策を放棄した。それだけではなく、所得税が高く下げていく必要があるとか、資産課税がこれ以上引き上げにくいとかいった、日本の税収の歪みを無視する税制改正となっているのだ。

 概括すると、富裕層狙いとはいえ、すでに国際的にみて水準が高い個人所得税の増税が改正の柱となっていることはその証左である。

 具体的には、

(1) 年収1500万円超の給与所得の控除額を245万円で頭打ちにする、

(2) 年収568万円超の人の成年扶養控除の廃止、

(3) 2011年10月から環境税を導入、

(4) 相続税の基礎控除を「5000万円プラス法定相続人1人あたり1000万円」から、「3000万円プラス法定相続人1人あたり600万円」に引き下げる一方、最高税率を5%高い55%に引き上げる―などだ。

 いったい、なぜ、このような哲学不在の税制改正になってしまったのか。

 その主因は、今夏の参議院議員選挙の際の演説で、菅首相が勇ましく「2010年度内に税率や逆進性対策を含む消費税改革案をとりまとめていきたい」「公約と受け止めていただいて結構だ」「(自民党が提案している)10%を一つの参考にしたい」などと語ったことにある。

 その後の参院選で大敗したことから、民主党内では、消費税の見直しがタブー視されるようになってしまったのである。 

 菅首相の発言は、早期の財政再建への強い決意を語ったものとして専門家の間に高く評価する向きもあったが、当の本人はすっかり自信を失ってしまったらしい。結局のところ、ちょっとした思い付きに過ぎず、たいした覚悟もなく、不用意に漏らしただけの言葉だったというわけだ。なんとも、罪作りな発言である。

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