メディア・マスコミ
匿名、仮名、無署名・・・。名無しがあふれる、こんな日本の新聞記事を信じられるか?
イラク帰還兵のウソが暴かれたのは実名だからこそ
〔PHOTO〕gettyimages

 アメリカで一時は反戦ヒーローとして有名になったイラク帰還兵、ジミー・マッセーをご存じだろうか。

 2003年3月の開戦直後から海兵隊員として戦地に赴き、アメリカ軍による残虐行為を目の当たりにする。そのショックで「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を患い、数ヵ月後に海兵隊を除隊。その後、マスコミに頻繁に登場して自らの体験談を赤裸々に語る・・・。

 以下、マッセーが語った話をいくつか紹介する。

● 陥落直後のバグダッドで非武装のイラク人がデモ行進すると、海兵隊が無差別に発砲。多くが死亡する。

● 検問所で止まらない車に向けてアメリカ兵が発砲。4歳のイラク人少女が頭を打ち抜かれ、即死する。

● アメリカ軍の攻撃で死亡したイラク民間人の遺体を満載するトレーラーが走る。女性や子供の遺体も。

 マッセーの体験談は、イラク戦争を始めたブッシュ政権をたたくには格好の材料になった。大量破壊兵器の存在が開戦の理由だったにもかかわらず、イラクで大量破壊兵器は発見されず、戦争の大義が失われつつあった。有力紙USAトゥデイやワシントン・ポストをはじめ、多くのメディアがマッセー物語に飛びついた。

 ところが、2005年11月6日に"爆弾"が落ちる。同日付のセントルイス・ポスト・ディスパッチ紙が1面で「ジミー・マッセーは真実を語っているのか? 目撃者によれば答えはノー」という記事を掲載したのだ。同紙は、「ピュリツァー賞」の生みの親ジョセフ・ピュリツァーが創刊した名門地方紙だ。

 記事を書いた記者はロン・ハリス。従軍記者として開戦直後からイラクで戦地取材し、マッセーと同じ「第7海兵連隊第3大隊」と行動を共にしていた。同大隊に所属していた海兵隊員や従軍記者にも取材したうえで、「マッセーは話をゆがめて伝えたり、でっち上げたりしている」と結論した。

 非武装イラク人のデモ行進については、ハリスは10人以上の海兵隊員や従軍記者に取材した。すると、バグダッド陥落から数週間内にデモ行進を目撃した人は1人もいないことが判明した。

 マッセーの上官だった小隊長は「われわれがバグダッドに着いた朝、20人前後のイラク民間人がやって来て『一体何が起きているの?』と聞かれたのは覚えている。状況を説明すると、みんな家に向かって引き揚げて行った」とハリスに説明した。

 検問所での少女射殺を目撃した人もいなかった。ハリスに問い詰められると、マッセーは「実は車の中を見たわけではなかった。見る前に、私の小隊は別の場所へ移動させられてしまった。4歳の少女が殺された話は、別の海兵隊員から聞いた」と釈明した。

 確かに検問所に猛スピードで近づき、アメリカ兵に発砲された車はあった。乗っていたのは大人の女性2人と少女2人。だが、現場で救助作業にかかわったアメリカ兵にハリスが話を聞くと、女性2人はけがしただけで、少女2人は無傷だった。

事実確認を怠ったAP

 女性や子供も含めイラク民間人の遺体を満載するトレーラーの話も事実無根だったようだ。ハリスはマッセーに問いただした。

「アメリカ人カメラマンが撮影した写真を見ると、トレーラーの中は全員が男性で、大半が軍服を着ていた。トレーラーの中を見た目撃者にも聞いたが、やはり全員が男性だと言っている」

「本当は、トレーラーの中を自分で見る機会はなかった。でも、諜報報告書に書いてある話だ」

「諜報報告書とは軍の公式文書か?」

「いや違う。トレーラーの中がどうだったのかは、ほかの海兵隊員から聞いたんだ」

 マッセーからはあやふやな説明しか得られなかった。

 要するに、ハリスが記事に書くまでおよそ1年半にわたって、マッセー物語があたかも事実であるかのようにアメリカのメディアでは報じられていたわけだ。ハリスの記事が出ると、多くのメディアは「裏付け取材を怠った」などと自省し、事実上誤りを認めた。

 世界8500社以上の新聞社やテレビ局に記事を配信している大手通信社AP。2004年5月から2005年10月まで5回にわたってマッセーの言葉を引用している。そのうちの1つは、彼がフランスで出版したイラクでの回顧録『キル、キル、キル』についてのインタビュー記事だった。

 APには、バグダッド陥落直後からイラクへ従軍記者として赴き、マッセーの部隊と行動を共にした記者ラビ・ネスマンがいた。現地から30本以上の記事を書いている。にもかかわらず、マッセー物語を書くうえでネスマンに事実確認を求めるAP記者は1人もいなかった。

 APは2005年12月11日付で「イラクへ行った海兵隊員の悪夢、それは本物なのか?」という記事を出し、何が起きたのかを検証している。記事中で、編集局長マイク・シルバーマンは「明らかに裏付け取材が足りなかった。われわれの従軍記者から直接話を聞くべきだった」と自戒している。

 こんな話を聞くと「アメリカのメディアもいい加減なものだ」と思う人も多いだろう。ところが、日本の現状と比べると、そうとも言えない。「いい加減なもの」ではなく逆に「大したもの」と評価することもできる。

 なぜなら、マッセーが実名でメディアに登場していたからだ。だからこそ、彼の話が本物であるかどうか、第三者が検証できたのである。マッセーが仮名を条件にメディアの取材を受けていたら、誰も彼の物語を検証できなかったはずだ。

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