坪田知己「メディア転生」
2010年12月10日(金) 坪田 知己

ウィキーリークス問題が問う「誰のためのメディアなのか?」

既得権益にしがみつくマスコミのポジション

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〔PHOTO〕gettyimages

 告発サイト「ウィキリークス」が大量の米国の外交公電を公開し、米国だけでなく、諸国の政府から包囲網を形成しつつある。

 もちろん、機密を暴露された米政府が激怒するのはわかるが、この問題でのマスメディアの姿勢は何なのか?

 11月23日、東京・六本木ヒルズで、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)のORF(オープンリサーチフォーラム)が開かれた。そこで「メディアと民主主義」というパネル討論が開催された。ここでの議論を引用しながら、現在の日本のマスメディアの奇妙なポジションを解読する。

言論空間を失った新聞界

 パネル討論で、慶應大学の清水唯一朗准教授は、日本の新聞の歴史を概説した。

 明治維新後、自由民権運動などを連動して日本には多数の新聞が生まれた。1882年(明治15年)には355紙あったという。その頃は、ニュースよりも主張が中心だった。A党支持、B党支持など旗幟鮮明な論説を掲げ、大衆に訴えかけていた。

 現在の米国でも大都市には複数の新聞があり、共和党寄り、民主党寄りなどのスタンスで存立しているが、そうした状況が明治初年の日本にはあった。

 人々は、その新聞のカラーを理解した上で、政治を議論していた。そうした複数紙の闘争という言論空間が存在していた。

 それが大きく変化したのは、日露戦争だった。人々は肉親や知人が戦う戦争の模様を争って知りたがった。従軍記者の記事に一喜一憂したが。それは軍部によって規制されたものだった。

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