あえて言う、「戦略的棄日」の勧め
日本企業の淀んだ経営体制の下では人材も腐ってしまう

いま本当に必要なのは「したかかさ」だ
すでに日産自動車は、国内で売る主力車「マーチ」の生産をタイに移した〔PHOTO〕gettyimages

 急激に進む円高によって、製造業が日本に拠点を残せるかどうかの瀬戸際に立たされている。すでに日産自動車は、国内で売る主力車「マーチ」の生産をタイに移した。トヨタも近くモデルチェンジする新型「カムリ」の国内生産を縮小させ、米国での生産を増やすと見られる。完成車メーカーの海外生産の加速に伴い、部品メーカーの海外移転も増えて、日本国内での雇用基盤を大きく揺るがす事態に発展するかもしれないだろう。

 こうした世界経済の流れを、個々人が変えることはできない。政府の力をあてにすることもできない。円高なので何とかしろと騒いでも、円安に転じることはない。現在の環境を冷静に受け止めて、対処することが必要だ。

 そこで何が必要になるか。「戦略的棄日」である。企業だけでなく、個人もあえて日本を捨てる局面にある、と筆者は考える。少子高齢化が続く国内市場では売り上げが減るばかりなので、マーケットを求めて企業は海外に出て行くだろう。実際、現にドメスティック企業の代表格であった百貨店ですら海外進出を加速させている。そして、個人も働く場がないのであれば、海外に打って出る時代が来ている。

優秀なエンジニアにアプローチをするサムソン

 筆者の周辺を見渡しても、ある大企業の工場勤務者で、日本での生産現場が縮小されたため、インドネシアの工場に5年近く単身赴任していた人がいる。自動車メーカーの国内工場で働く班長クラスの人も、ロシアなどの新興国にある工場の応援出張に出ずっぱりだ。お菓子メーカーに就職したいと思っていた高校生が国内では就職先が見つからず、上海で就職先を見つけたという話もある。

 研究開発に従事するエンジニアの中にはすでに日本を捨て、海外に新天地を求める人も増えている。特に中国や韓国が多い。こうしたケースでは、円高はほとんど関係ない。日本企業の経営者が使いこなせなかった人材が流出しているのである。「頭脳流出」「機密漏えい」などと騒ぐ人もいるが、日本の経営者が使いこなせなかっただけで、日本側の人材活用術に問題がある。要は引き抜かれているのだ。引き抜かれたら、抜き返せばいいが、日本企業にはそうした戦略もノウハウもない。

 引き抜かれているのはエンジニアだが、この円高によって国内の生産基盤が揺るげば、生産ラインで働く優秀な技能者たちも海外企業から引き抜きにある可能性がある。格安エアライン(LCC)の普及によって、アジアと日本の間の移動にかかるコストも大きく低減されれば、人の動きはさらに活発になる。これまでよく言われてきたグローバルレベルでの人材獲得競争がいよいよ本格化するであろう。

 冒頭で「戦略的棄日」と言ったのは、グローバルに働きたいという意欲と能力ある人は、日本にこだわる必要はないという意味である。逆に日本企業も日本人だからといって優先的に採用する時代ではなくなっている。

 国も企業も優秀な人材の奪い合いを通じて、どうしたら優秀な人材に来てもらうか、そして多様な人材を束ねて自国や自社をどう発展させていくべきかを真剣に考えるようになるはずである。

 日本の有名大企業を退社し、海外に渡ったエンジニアに最近取材で話を聞く機会があったが、「戦略的棄日」として参考になるので、紹介したい。

 ある大手家電メーカーの研究部門に長く在籍し、管理職だったAさんは、突然、会社にヘッドハンターから電話がかかり、韓国のサムスン電子への転職を誘われたが、断り続けた。しかし、あまりにもしつこく電話がかかるので、会うだけは会ってみることにした。

 指定されたホテルの個室に行くと、韓国から幹部が来ていた。「あなたの開発してきた技術は高く評価している」と英語で切り出してきた。会話がはずみ、Aさんが研究したいテーマを挙げると、「明日からでもわが社に来て、それに取り組んでください」との返事だった。

 Aさんの在籍していた企業はリストラ続きで、研究開発に思うような資金も回らなくなり、自由に研究開発できる風土が失われつつあったため、サムスンの誘いに心が揺らいだ。社員のアイデアや意欲を切り取ってしまうような会社に未来はないと判断して転職を決断した。

 サムスンは刑事の聞き込み捜査のように、徹底的に日本企業にどのようなエンジニアがいるかを分析して自社の欲しい人材をリストアップし、アプローチをかけてくる。発表した論文や特許なども細かく調べ上げているという。

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