『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』著者:出町 譲に聞く
「危機の時代にこそ、彼のようなリーダーが必要だ」

いまなぜ「メザシの土光」なのか

 日本が直面した東日本大震災、そして原発事故。さらには震災前から忍び寄る財政赤字や少子高齢化。未曾有の危機の時代、いったいどんなリーダーが必要なのか。そしてどんな人の言葉に耳を傾けるべきなのか。

 私はテレビ局で日々、報道の仕事に携わりながら、危機の時代のリーダー像を探していた。財源もないまま大盤振舞する予算。さらには、震災後も復興、復旧そっちのけで、政争を続ける永田町の面々に嫌気をさしていたからだ。

 その結果、たどり着いたのが、土光敏夫だった。週末を利用して、ひたすら土光に関する取材や資料集めを行った。没頭すればするほど、土光というリーダーを現在の社会に伝えたくなった。一九九〇年に記者になった私は、土光を直接取材した経験はない。「メザシの土光さん」と言う言葉ぐらいしか知らなかった。

 だからこそ、改めて検証すると、土光の言葉や生き方が新鮮に映った。危機の時代だからこそ大きな目標を設定して突き進む土光のような指導力が重要だと思った。私はウィークデーは震災や原発報道に従事しながら、週末部屋に閉じこもり、土光の言葉を書き写した。「写経」のような気持ちで、復興を願った。

 土光が異彩を放ったのは、財界人とは思えない質素な生活。節電の夏のお手本のような生き方だ。戦後最悪の災害を経験した日本人。ドラッカーやサンデルだけでなく、日本の哲人経営者の言葉も傾聴すべきだ。今こそ外国人ではなく、日本人の中で働く指針、生きる指針を見つけるべきではないでしょうか。

『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』
著者:出町 譲
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 土光は石川島播磨、東芝の社長、会長を歴任。その後は経団連会長、第二臨調会長として活躍した。つまり、戦後復興に全力を尽くし、高度経済成長を駆け抜け、晩年は命がけで日本の財政再建に辣腕をふるった。

 出世欲はなかった。しかし、執念を持った仕事ぶりを周囲が放っておかなかった。その結果、地位や名声という観点からみれば、恐らく近現代史でナンバーワンの出世男となった。松下幸之助や本田宗一郎は、創業者。サラリーマンとしての土光の"出世"は群を抜いていると思う。

 社会人になった後、ぐんぐん出世するのだが、そもそもは「底辺からの出発」だった。合計受験に四回失敗。最終学歴は東京高等工業つまり、今の東工大だ。そして当時入社したのは石川島造船所だった。当時は、三井や三菱、満州鉄道などに比べて給料も安く、就職先としては地味だった。