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トヨタ真夏の大変革特集

トヨタ真夏の大変革特集 第1部
トヨタデザインは変わるのか?キーマン登場!!
トヨタデザイン本部長にして初代エスティマデザイナー福市常務役員を直撃 

福市得雄'74年多摩美術大卒、同年トヨタ自工入社。'99年第3デザイン部部長、'03年デザイン管理部部長、'04年トヨタヨーロッパデザインディベロップメント社長、'08年関東自動車執行役員、'11年1月よりトヨタ自動車デザイン本部長、常務役員。主な担当車種は初代エスティマ、7代目カローラ、初代アルファード、iQ Conceptなど

 今年1月、トヨタは関東自動車に出向・転籍していた、福市得雄氏をトヨタ本体へと呼び戻した。

 役職はデザイン本部長兼常務役員。つまりトヨタ車の全デザインを統括する立場に就任したということだ。一度トヨタから離れた(転籍)人間を呼び戻し、役員に就任させるとは、異例の人事であった。

 福市氏といえば、かつて初代エスティマをデザインした経歴もある、実力派デザイナー。ここ数年、「トヨタはデザインが弱点」といわれ続けてきた。米国や欧州市場でヒュンダイの猛追を受けており、その原因はデザインにあるともいわれている。そのタイミングでの、デザイン本部長就任。

 福市氏のデザイン担当役員就任でトヨタのデザインは変わるのか!? トヨタデザインに何が起きようとしているのか?

★    ★

編集部/本日はよろしくお願いします。

福市得雄本部長(以下福市氏)/よろしくお願いします。今日はどんなことをお話しすればよろしいんでしょうか?

編集部/まず福市さんが「自動車をデザインするうえで重視するポイント」などを伺えればと思います。

福市氏/えー、私がよくいうのは「デザインにはわけがあり、スタイルには意味がある」ということです。デザインといっても広い意味でとると設計も含みますから、レイアウトやパッケージなどもデザインに含まれてきます。つまりクルマの骨格、ここからいいレイアウトでなくてはいいクルマはできないだろうと思ってます。

編集部/ふむふむ。

福市氏/「いいクルマ」というのがまた難しいんですけれども、ユーザーの皆さんが見て「ああ、これはカッコいいクルマだなぁ」と思うクルマのパッケージは、たいてい理想的なレイアウトになっているんですね。シルエットで見ても美しい。「走りがいいクルマ」というのはレイアウトがいいから、機能として優れているから走りがいいわけです。そういうクルマがいろんなところで「走りのよさ」を見せることで、多くの人がそれを見て「いいなあ」と思う。それが広がっていくことで機能とデザインが結びつくわけです。

編集部/なるほど。

福市氏/そして「スタイルには意味がある」ですが、例えばボディに入ったキャラクターライン、こういう「線」もデザイナーが適当に考えて入れたわけではなく、そこに線を引いた理由が必ずある、と。空力であるとか使い勝手を向上させるものだとか。パッケージで理想的にならない部分を理想に近づけるためにデザインがあるんです。

編集部/具体的にはどういうデザインになるんでしょうか?

福市氏/例えばですね……「フロントオーバーハングの短いクルマのほうがカッコいい」という考え方があります。これは、フロントオーバーハングが短いほうが、つまりタイヤからボディ先端までの距離が短いほうが運動性能が高いことと関係があります。

編集部/確かに、ボディの四隅にタイヤが付いていたほうが回頭性や操安性、ハンドリングはいいですもんね。

福市氏/ええ。そして「オーバーハングが短いほうが走りがいい=カッコよく見える」という図式があるのであれば、デザイナーとしてはなるべくオーバーハングが短く見えるようなデザインを採用したがります。これはひとつの例ですが、例えばフロントのヘッドライトをサイドまで回し込ませると、実際よりもフロントオーバーハングが短く見えます。

編集部/「運動性能がいいように見えるデザイン」もあるということですね?

福市氏/もちろん回し込ませすぎると頭でっかちに見えて、走らないように見える。そういうバランスを取りながら、ユーザーの皆さんに「カッコいい」と思っていただけるようなクルマを出していきたいと思っております。

「デザイン術」と、「デザイン道」

福市氏/それから僕は、デザインにも「術」と「道」があると思っています。デザイン術とデザイン道ですね。

編集部/どう違うんでしょう?

福市氏/柔術と柔道、剣術と剣道というように、「術」はスキル、手法ですね。先ほど申しましたように「こういうふうにデザインすれば、オーバーハングが短く見える」というのは「術」です。いっぽう「道」というのは精神性、ストラテジーだとか哲学だとか、もっと大きな「思想」ですね。

編集部/戦術と戦略の違いみたいなものですね。

福市氏/そうです。そのうえで、日本における「デザイン道」のなかに、僕は6つのことを大切にしていきたいと思っています。「姿勢」、「風格」、「簡潔」、「動き」、「個性」、「美しさ」。これは能楽などにも通じることだと思っています。

編集部/クルマでもそれは共通するということですか?

福市氏/ええ。「姿勢」といったらスタンスだったりしますし、例えば小さいクルマでもいいクルマは「風格」があって堂堂としています。余分なデコレーションのない「簡潔さ」もあり、今にも走り出しそうな「動き」が感じられる。そして「個性」、オリジナリティですね。それになんだかんだいっても普遍的な「美しさ」がないといけないだろうと。僕はクルマを見る時に、この6つの要素が入っているかな、ということを気にしています。

初代アルファードは福市氏の担当車種。ミニバン系のヒット車が得意

編集部/福市さんが就任される以前の、つまりこれまでのトヨタ車のデザインについてはどうお考えですか?

福市氏/率直にいって、いいデザインだと思っています。ただ足りないものもある。何が足りないかといえば、「個性」です。これまでのトヨタ車は、性能がよくて品質がよい、「いいクルマ」を作るのは得意だったと思っています。それはね、多くの人の意見を取り入れて、欠点をどんどん潰していって、「角」を削っていけば、いいクルマは作れるんです。大企業の得意とするところで、ここ数年のトヨタ車というのは、こういう左脳で作ったクルマが多かった。

編集部/理詰めで作っているということですね。先ほどおっしゃった「術」と「道」でいえば、「術」ばかりであると。

福市氏/そうです。個性というのは右脳のほうですからね。これはトヨタのクルマだけでなく日本の製品全般にいわれてきたことなんですが、性能がよくて品質が高い。これは今でも自信があります。ところが他国の製品、他社の製品も、どんどん性能がよくなって品質が高くなってきた。一定レベルまで性能や品質が到達したら、あとはなんで選ぶかといえば、価格と個性しかないわけです。

編集部/例えばヒュンダイのソナタなどは、性能も品質もデザインも評価されてますね。

福市氏/そうです。これまでトヨタ社内では、性能がよくて品質が高ければそれでいいと思っていたようです。

'90年に登場した初代エスティマ。その後、現在まで続くミニバンブームを作り出した

編集部/そういう社内の雰囲気のなかで、福市さんがデザイン本部長として起用されたわけですね?

福市氏/ええ。これは僕の勝手な想像なんですが、当社の豊田章男社長が、他業種のどなたかにいわれたのではないかと思っています。「トヨタ車には個性がないぞ」と。「なんとかせねばならんぞ」と。そういえば初代エスティマのデザインを担当した男がいたじゃないか……ということで白羽の矢が立ったのではないかと思っています。

去年の今頃は引退する気だった

今年のNYショーに出展されたレクサスLF-Gh。次期GSと言われるデザインスタディモデル。特徴的なグリルを持つ

福市氏/僕の前任である平井和平常務役員が退任されたのは'09年で、僕が就任したのは今年1月ですから、ここ1年以上、デザイン出身のデザインについての責任者っていなかったんですね。優秀な部長さんはいますけど、それは個別のクルマの話だし、例えば章男社長が「最近ウチのクルマのデザインって、いまいちでカッコ悪くないか?」と思った時、誰に文句をいえばいいのかという話にもなるでしょう。

編集部/そういう時には、福市さんに文句をいえばいいわけですね(笑)。

福市氏/そうですそうです(笑)。僕に託された注文は「お客さんにカッコいいと言ってもらえるようなクルマを作ること」で、非常にシンプルです。

編集部/それが難しいと思うんですが……そもそもトヨタ車の全デザインの責任を負うとなると大変なプレッシャーでは?

福市氏/それがですね、気負いみたいなのはほとんどないんです。というのも、僕、今年で還暦なんです。去年の今頃は「もうちょっとで定年だから、水彩画でも描いて過ごそうかなあ」なんて思ってたんです。当時は関東自動車の執行役員で、もうあと数年で外れてリタイアかなと。

編集部/関連会社の顧問とかデザイン専門学校の講師とか。

福市氏/まあそういう仕事もあればいいかな、と(笑)。ところが突然「戻ってきてデザインの責任者になれ」といわれた。これはもうね、失うものは何もないわけですよ。僕に残っている欲は、出世や増収欲ではなく、「お客様にトヨタ車のデザインは変わったよね、と思ってもらいたい」という「欲」だけなんです。

編集部/無私無欲なんですね。具体的にはどういう「個性」を出そうと思っているんですか?

福市氏/街中でトヨタのクルマはたくさん走ってます。いいクルマも多いしおかげさまでよく売れているクルマも1車や2車じゃない。じゃあお客様に「トヨタのクルマってどういうクルマですか?」と聞いた時に、パッと出てきますか? ハイブリッドカーのように特徴的な技術を持つクルマはラインアップしていますが、デザインのうえで「トヨタ車ってこういうかたちのクルマだよね?」というクルマがあるわけじゃない。

編集部/ブランドによる統一性ですね?

福市氏/そうです。わかりやすくいえば今年のNYショーで出展した「LF‐Gh」というクルマがあるでしょう?

編集部/次期レクサスGSと呼ばれるクルマですね?

福市氏/(苦笑)そのクルマにはスピンドルグリルが付いていて、あれはまだ未完成ですけど、どんどん発展させていけばあのスピンドルグリルがレクサスのイメージを引っ張ってくれるようになるかもしれない。実はレクサスCT200hやRXにもすでにデザインモチーフとして採用されていたわけです。

編集部/トヨタブランドでもそういう「イメージの統一化」を進めていくんですか?

福市氏/そうです。トヨタではまず「アンダープライオリティ」といって、バンパーの下部を強調するフロントマスクを採用します。マスクの上部は「キーンルック」といってライトをシャープな目つきに仕上げる。FT‐86などがこれを採用していますが、一番わかりやすいのはジュネーブショーで出展したヴィッツのハイブリッド版です。

編集部/トヨタ車すべてがああいうデザインになっていくということですか?

福市氏/統一するのはあくまで「考え方」です。そっくりなクルマがたくさん出てくるわけではありません。日本市場では幸いにして5割弱(除軽)の販売シェアがありますけども、交差点に並んだクルマが全部同じ顔になったら、これはちょっと変です。

今年3月のジュネーブショーに出展された「ヤリスHSD」は欧州仕様のヴィッツハイブリッド

編集部/変というか怖いです。

福市氏/ただそれも難しい話でして、例えば欧州市場ではトヨタのシェアは4%しかないわけです。そういう場所で、トヨタ車がそれぞれまったく別の顔をしていたら誰も「あれはトヨタ車だ」とは思ってくれなくなるでしょう。

編集部/市場によって戦略を変えていくということですね。

こちらは昨年12月に発売されたヴィッツ。トヨタの新しいテイストが反映されているデザインになっている

福市氏/もちろんそうです。欧州は欧州、米国は米国、日本も中国も、それぞれ戦略を変えていかないといけないでしょう。

編集部/市場によってデザインを変えていくとなると、営業部などから反発もあるのでは?

福市氏/それは、変えようとしているのだから反発はありますよ(笑)。これも持論ですが、いろいろな人から意見を聞いて、それぞれの要望を少しずつ聞いて、なるべく多くの人に納得してもらうような製品を作ると、それは当然コンサバ(保守的)なものになるんです。「トヨタのクルマは破綻もないけど魅力もないよね」となってしまう。けれど、じゃあ皆さんバッグなり靴なり洋服なり、ブランドものをお持ちですか?

 そのブランドものの魅力はどこですか? と聞いてみると、「個性です」とおっしゃる。もちろんそこには裏打ちされた性能と品質があるでしょう。カバンとして丈夫で使いやすくなくてはならない。これはクルマでも同じです。丈夫で使いやすく、クルマの性能が優れてなければならない。個性というのはそのうえで成り立つものです。

何気なく描いた一枚のスケッチ

 初代エスティマのデザイナー」というイメージが強いのですけども……あのクルマこそ「機能性と個性を両立させ、その後【カッコいい】というふうに普遍化したデザイン」の代表だと思うのですが……。初代エスティマを描いた頃の話を伺えますか?

福市氏/あれは僕がCALTY(キャルティ/トヨタが米国ニューポートビーチとアナーバーに設置したデザインスタジオ)にいた頃にデザインしました。エスティマはもともと先行車両として何度かCALTYにデザインを依頼されており、3回目だったかな、僕にチャンスが回ってきました。丸いのから四角いのからあれこれ描いて提出したんですが、当時の上司からOKが出ずに、それでも前日までに何枚か仕上げて、スライドに映すために写真撮って現像に出して……提出期限の1日前はスポーツカーの絵などを描きながらぼーっと過ごしてたんですね。

編集部/ぼーっと。

福市氏/その時、何を思ったのかその下に、丸っこい楕円形のクルマを描いてみたんです。そしたら、あ、これいいなあと思うものが描けました。正式にスケッチに起こすには時間がないので大急ぎでハイライトレンダリングで仕上げました。で、前から用意していたスライドを上司に見せると、あれもダメ、これもダメ……といわれて、最後の最後に「これ、大急ぎで描いたものなんですが……」と1日前に描いた楕円形のデザインを見せたら「これだよ!」といわれました。

年末の東京モーターショーに出展されるFT-86にも福市氏の「思想」は反映される。発売が楽しみ

編集部/はは~。しかし当時ああいう丸いデザインは存在しなかったわけですよね。あれはミドシップレイアウトがまずあって、ああいうデザインになったんですか?

福市氏/いやいや最初にあのデザインがあったんです。おっしゃるとおり、ああいうフォルムのクルマは当時存在していませんでした。でも僕は当時米国にいましたから、「海外拠点にいる時くらい、好き勝手やっても大丈夫だろう」という思いはあったんですよね。「カウンタープロポーザル(主流の回答ではなく、それへの対案、代案)」としての役割をまっとうしようと思っていたんです。

編集部/それが今も続く、ミニバンのど真ん中、主流になってしまったんですね。

福市氏/いやー、「どうも採用されたらしいよ」という噂を聞いて、へーなんて思って日本に帰ってプロトタイプを見たら、僕が描いた絵がそのまま実車になっていて驚きましたよ(笑)。もちろんエスティマがヒットしたのはいろいろな要素があると思うんですがデザインもそのひとつだと信じています。だからこそデザイナーたちには当時の僕のような環境を与えたいなと思っています。つまり主流の固いデザインはもちろんあるんだけども、それとは別に、自由に考える部隊があっていい。国内にも海外にも拠点がいくつかあって、それぞれが自由に発想する。さらにいまトヨタ社内には600人くらいのデザイナーがいるけれど、それ以外にもボディメーカーさんにもデザイナーがいるわけで、そういう人たちにもアイデアを出してもらう。それこそカウンタープロポーザルを、多くの方に担ってもらいたいんです。

編集部/多様性を確保したいわけですね。

福市氏/そうです。自動車界は、一台のクルマがデビューすることで市場がガラリと変わってしまうことがあります。手前味噌かもしれないけれど、エスティマが出たことでミニバンのデザインが変わった。

 初代RAV4だって変わったでしょう。ああいう「市場そのものを変えてしまうデザイン」を考え出す個性を、僕は求めているんです。下手なサッカーみたいに全員でボールを追いかけるのでなく、それぞれの役目を果たしてバラエティに富んだ意見を出してほしいですね。

編集部/最後に、トヨタファンに向けてひと言お願いします。

福市氏/今の時代というのは、チャンスだと思っています。というのもトヨタは昨年、大きな品質問題が持ち上がりました。「トヨタは変わらなくてはならない」と、章男社長も宣言しています。そして宣言どおり、トヨタ社内ではあらゆることが変わってきている。そしてそれがお客様に届いて「トヨタ変わったね」と思っていただくためには、真っ先にデザインが変わらなければならないでしょう。

「変わる」ということを真っ先に感じられるのはデザインなんです。ですから皆さん、どうかもうしばらくお待ちください。来年の今頃には「トヨタ車、変わったな」と思っていただけるよう頑張りますから。

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