中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第2回 イノベーションとやさしさを生み出す大阪のコミュニケーション

 この対談は今年2月8日に行われました。vol.1 はこちらをご覧ください。

古代史に読む「大阪都」問題の根源とは。

中沢: 東京の場合は昔、東京都と東京市があったんですが、この二つは金太郎飴みたいに同じ構造だったんですね。東京にあるものの多くは、同じ構造を増殖させていくようになっていて、権力の構造とか街のつくりもそういうふうにできていた。ところが大阪は、僕流に言えばアポロンとディオニュソス、釈さんの言うヒメとヒコとか、全然違う原理のものを交差させることによって、独特の街とそこに住む精神を作ってきたんです。だから、金太郎飴になってる部分がない。

 じゃあ、大阪を何に喩えればいいかというと「島」だなって。一個一個が島みたいに成り立って、その島が伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)ですよね。淡路島みたいに独立して存在しながら、互いの精神がうまく交差するように、たくさんの島が並列してるのが大阪で。どこも金太郎飴のものがないというのが重要なんじゃないかと思うんですね。今、大阪府と大阪市の間で起こっていることっていうのは、そういう問題とも深く関わっているんじゃないかと。

釈: いかがですか、市長。大阪府は一軸にしようとしているんじゃないかと。

平松: あの、まさしくなぜ今日僕がここにいるのか、ようやく分かりつつあるんですけども(笑)。大人気の橋下さんが「大阪都構想」というものを掲げていて、大阪市を潰して指揮官を一人にする、と。それが都市の発展の原動力になるとおっしゃってまして、こちらがなんぼ「違う」と言うても聞いてくれへんのですが・・・。

 今日のお話では、大阪人の懐の深さ・幅の広さを誉めていただいているようでとても嬉しいんですが、一方で非常な閉塞感があるのも事実。すべてが一極集中しているがゆえの東京の成長。私はそれに対して、日本というのは歴史的にもっと多様な、いろんな文化や国があって、それぞれが自己主張しながら相互に関連し合ってきた文化ってのを、もっともっと大事にせなあかんのちゃうんかという思いが根底にあるんですよ。

 ですから、このアースダイバーで読み解いてもらった大阪の柔軟性やフレキシビリティ、それこそ「形状記憶」的な部分ですが、それをどこまで信じられるねんというのが大事やと思う。例えば先日、名古屋で「減税日本」が地滑り的に勝利しましたが、「減税します」と言うてたらみんな(選挙に)通るというようなことで良いのか。古代からの歴史を見れば、ほんのわずかな間に起こった貨幣や市場経済みたいな価値判断だけで、ほんまにそっちへ行ってええの? って気持ちがあるんですよ。

中沢: それは、たしかにありますね。

平松: 私は大阪に何を求めるかというと、「人」なんですよね、やっぱり。さっき中沢先生が島とおっしゃったように、一つ一つが渾然と分離して存在していながら、実はどこかで繋がっているというあり方ですね。今問題になっている社会保障制度とか、あるいは大阪市が日本一受給者が多い生活保護で言うと、たとえば「あいりん地区」、昔は釜が崎といわれた地域です。大阪万博の頃に多くの季節労働者が入ってきて、ドヤ(宿)に暮らしている。そういう方たちを地域の人たちが受け止めて、みんなで世話しようというコミュニティができるんですよね。

 そうすると、違う所からも「故郷には帰られへんねん」という人が集まってきて、「ここは住みよいわ」となってくる。西成区という場所なんですが、ここはまさに、中沢先生がディオニュソス、釈先生がヒメとおっしゃった東西軸にあるんですよね、やっぱり。

 市長として地域を回っていると、「この人、普段の暮らしは苦しそうやのに、なんでこんなに人のお世話できるんやろ」と思うぐらいボランティアをやっておられたり、地域のお世話をやっておられたりする方もいらっしゃいます。やっぱり善意というものに基づいて、この国は成り立ってると思うんです。でも、その一方で、しっかり貧困ビジネスをやってる人もいる。

 これは内田樹先生の『日本辺境論』にもあるんですけども、日本はもともと島国であったのではなくて、大陸と繋がっていた。島国になってからの日本人は、外から入ってきたいろんな人や文化をしっかり受け止め、混在させながらも軟着陸させていくという性質を根底にはぐくんできたはず。

 なのに、今はメディア---私もその出身なんですが---が、一つの方向しか指し示さない。市川海老蔵さんの事件があると、ワーッと500人の記者が殺到する。でも、私の記者会見は10人くらい(笑)。まあ比べるのが間違いなんですけど、要は、単なる暴力事件にそこまで騒ぐか? というね。一方向だけに関心や価値観を向けるマスメディアの動きが、東京のキー局を中心にして日本中に広まってしまっている。しかし、これからの子供たちにどんな世の中を残すねんと考えると、絶対に必要なのは柔軟性やと私は思うんですね。一つの価値観に染まるとロクなことがないというのは、歴史が証明してるわけですしね。

釈: 今の大阪の体質には危惧を感じますね。かつては、一人の人間がいろんな共同体に所属する「重所属」状態で、その共同体同士が高度な自治を持って、繋がり合うことで活気を生んできた。だから、大阪って周辺文化が豊かでしょ。平野とか堺には、高度な自治があって、そういう重共同体が支えていたんです。今はどんどん失われていってますけども。でも、周辺文化の衰退は、大阪全体の衰退になる。文化的な「結節点」が大事なんですね。

 政治家である市長を前にして言うのもなんですが、大阪の人ってあんまり政治を信用してないんですよね。「誰がやっても一緒や」「横山ノックでもOK」というような(笑)面があるんですけども、政治に代わって街を支えていた自治なり重構造なりがなくなっていくと、ただただ最初から政治を信用しない体質だけが残ってしまう。それで何でも「してもらう」体質になっていく。人間関係をすべて、「サービスする側/受ける側」というような構図で見てしまう。だから、もっと小さな共同体を重ねていくような方向が必要で、そこにこそ大阪人体質みたいなものってあるんじゃないですかね。

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