尖閣ビデオ問題「力の省庁」職員による「世直しゲーム」を英雄視する危険
歴史の苦い教訓を忘れるな

 11月15日、警視庁と東京地方検察庁公安部は、10日から神戸市の海上保安庁が入る庁舎に事実上「軟禁」状態にされ、「任意」の事情聴取を受けていた海上保安庁職員(以下、保安官と記す)の逮捕を見送る決定をした。保安官は16日未明、庁舎を出た。

 本件に関し、庁舎前で弁護人(小川恵司弁護士[第二東京弁護士会])が保安官のコメントを読み上げた。その全文を正確に引用しておく。

<「私が今回起こした事件により、国民の皆様、関係各位には、多大なるご迷惑をおかけしたことをおわび申し上げます。海上保安庁の皆様、中でもお世話になった方々や今回の件でご苦労されている方々に対しては、申し訳ない気持ちで一杯です。

 今回私が事件を起こしたのは、政治的主張や私利私欲に基づくものではありません。

 ただ広く1人でも多くの人に遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、1人ひとりが考え判断し、そして行動してほしかっただけです。

 私は、今回の行動が正しいと信じておりますが、反面、公務員のルールとしては許されないことだったと反省もしております。私の心情をご理解いただければ幸いです」>

 この声明文の内容は支離滅裂だ。事件を起こした動機が、「政治的主張」でないと保安官は強調する。しかし、「ただ広く1人でも多くの人に遠く離れた日本の海で起こっている出来事を見てもらい、1人ひとりが考え判断し、そして行動してほしかった」というのは、国民に行動を訴えているのであり、政治的主張そのものだ。

 行動を呼びかけているのだから、単なる政治的主張ではなく、むしろ煽動を行っていると見るのが妥当だ。

「公務員のルールとしては許されないこと」を「正しいと信じております」と認識しているならば、この保安官には遵法意識が欠如するということになる。ルールとして許されないとされる境界線を平気で破る人間は、国家公務員としての資格を欠いている。

 さらに、この保安官は、報道攻勢にさらされることに怯えているようだ。

<小川弁護士は会見の冒頭で、男性保安官の体調やプライバシーを考慮するよう求めた。任意捜査が続いていることも理由に挙げて、顔を写真撮影したり、実名を明らかにしたりしないよう報道陣に求めた。

 弁護士は会見後、男性海上保安官を伴って庁舎を出た。男性保安官はその際、報道陣に対して深々と一礼。集まった報道陣の「一言ありませんか」という問いかけに、何も語らないまま、タクシーに乗り込み、神戸市内のホテルへと移動した。>(11月16日asahi.com)

 この声明文から浮かび上がってくるのは、自らの器をはるかに超えた行動をし、その影響に当惑している小心者の姿だ。保安官は、実名報道やメディアによる取材攻勢を恐れている。それならば、事件が発覚する前になぜ自ら読売テレビに連絡をとり、取材させたのだろうか?

 自分にとって都合のよいときだけにマスメディアを用いようとする姿勢も卑劣である。この程度の器量の人物を英雄視することはやめた方がいい。

映像は本当に国民の知る権利に応えているのか

 尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に関し、海上保安庁が撮影したビデオ映像を保安官が「ユーチューブ」への投稿したことに関し、これを「義挙」して讃える機運があるが、筆者は強い違和感を覚える。その理由は2つある。

 第1に、この海保職員が流した映像が国民の知る権利に真に応えているとはいえないからだ。この映像は、海上保安庁が撮影した映像の全体ではなく一部分だ。44分という長さだからといって、事柄の本質を勘違いしてはならない。この映像は、海上保安庁という官僚組織による編集がなされたものだ。

 そこには官庁の意図的もしくは無意識の編集意図が加わっている。例えば、中国人船長が逮捕、連行される場面の映像がない。

 そこに海上保安庁にとって「不都合な真実」が映っているのではないかという憶測を招きかねない。今後、中国は情報戦でこの部分を衝いてくるであろう。

 第2は、官僚の規律違反を容認することが、最終的に国民の利益に相反すると考えるからだ。海上保安庁が機関砲をもつ国際基準では軍隊に準じると見なされる「力の省庁」だ。官僚には上司の命令に従う義務がある。武器をもつ「力の省庁」の職員には、特に強い秩序意識が求められる。

 この点から見て、保安官の行為は、官僚の服務規律の基本中の基本に反しており、厳しく弾呵されるべきだ。

 仮に保安官が、尖閣諸島沖中国漁船衝突事件に関する日本政府の処理に不満をもち、思い詰めていたならば、まず上司に「映像を公開すべきだ」という意見具申を行うべきだった。上司により意見具申が却下され、どうしても「義挙」したいならば、海上保安庁に辞表を提出し、一私人の立場として行動すべきだったと思う。

 いかなる状況においても、軍隊に準じる「力の省庁」の現役職員による下剋上を認めてはならない。

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