メディア・マスコミ
村上ファンド、ライブドア事件報道を検証 日本の新聞はなぜ「裁判官」を報じないのか
「裁く側」をチェックしないメディア

 日本の新聞紙面上では「捜査する側」は匿名、「捜査される側」は実名で報道されがちだ。以前の記事(「『捜査する側』を匿名にする日本の新聞報道」)で指摘した通り、検察など捜査当局は新聞のチェックを受けにくい。

 では、検察が起訴した刑事事件の99.9%に有罪判決を下してきた裁判所はどうだろうか。

 本来ならば「裁かれる側」と同様に「裁く側」も新聞のチェックを受けるべきだ。裁判所は司法権を行使する立場にある。つまり、立法権と行政権と並んで3権の一翼を担う巨大権力なのだ。

 ところが、検察と同じ「司法村」に属するからなのか、裁判官が新聞のチェックを受けることはあまりない。どんなに有名な事件であっても、担当裁判官の経歴や手腕はなかなか公にされない。

 例えば、村上ファンド事件の1審公判の舞台になった東京地裁。裁判長の高麗(こま)邦彦は2007年7月、インサイダー取引の罪に問われた同ファンド元代表の村上世彰に実刑判決を言い渡す際に、「安ければ買うし、高ければ売るという徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」などと指摘した。

 以前の記事(「村上ファンド事件、1審判決の『おかしさ』に目をつぶった大新聞」)で書いたように、専門家の間では「実態を知らない素人の判断」という声も出た。裁判長は過去にどんな裁判を担当し、どんな司法判断を下してきたのか。そもそも経済事件に明るいのか。みんな興味津々だったのだが、主要紙を見てもどこにも何も書いてなかった。

 ライブドア事件の1審公判も東京地裁だった。1審判決が出たのは2007年3月で、ライブドア元社長の堀江貴文は村上同様に異例の実刑判決を言い渡された。裁判長の小坂敏幸は検察側の起訴事実をすべて認め、「粉飾した業績を公表して株価を不正につり上げた」と非難した。

 検察が起訴したのは50億円程度の粉飾であり、1800億円の純資産を持っていたライブドアにしてみれば少額だった。公判前には、『ヒルズ黙示録』の著者である大鹿靖明が「万引きに死刑宣告」などと書き、話題を集めた。検察の「死刑宣告」を認めた裁判長がどんな人物なのか、やはり主要紙には何も書いてなかった。

 厳密に言えば、紙面上に名前が出ることは多い。記事検索システム「日経テレコン」を使い、全国紙と地方紙を対象に村上ファンド事件に絡んで高麗が登場する記事本数を調べると、合計178本になった。もっとも、ほとんどは「~に対する判決が東京地裁(高麗邦彦裁判長)で言い渡された」といった形で名前が引用されているにすぎない。

 高麗が担当した刑事裁判には西武鉄道の総会屋利益供与事件もあった。しかし、村上ファンド事件の1審判決を報じる際に、高麗について「利益供与事件で西武鉄道元役員に有罪を言い渡した裁判官」などと言及する記事は1本もなかった。つまり、彼の経歴については何も書かれていない記事ばかりということだ。

裁判官の個性を報じるアメリカのメディア

 ここで、同様の刑事裁判がアメリカではどうのように報道されているのか点検してみよう。最も有名なインサイダー取引事件は1989年のミルケン事件、最も有名な粉飾事件は2001年のエンロン事件だろう。

 ミルケン事件では、「ジャンク債の帝王」と呼ばれた投資銀行家マイケル・ミルケンがインサイダー取引など98の罪で起訴された。公判の舞台は、ニューヨーク南部地区の連邦地裁。判決が出る直前の1990年10月11日付の紙面で、ニューヨーク・タイムズは「ミルケン事件の最終章」という記事を掲載し、担当裁判官キンバ・ウッドに言及している。

「彼女は1年足らず前にニューヨーク南部地区の連邦地裁判事に就任したばかり。同地区連邦地裁判事として史上最年少だ。最初に脚光を浴びたのは、(ミルケンが所属する投資銀行)ドレクセル・バーナム・ランバート事件の担当になった時だった。

 ドレクセル事件は比較的簡単に片付いた。公判前にドレクセルが罪を認めたからだ。だが、ミルケン事件は一筋縄ではいかないだろう。

 もともとは独禁法の専門家で、現在46歳。これまでのところ、ミルケン裁判の処理では法曹界で高い評価を得ている。膨大な情報の中から本質を見いだしながら、確固たる姿勢で公判を進めているからだ。

 1969年にハーバード大学ロースクールを卒業し、1978年にはニューヨークの大手法律事務所の訴訟パートナーになった。巨大法律事務所でここまで出世する女性は当時としては珍しかった」

  通信社APが10月7日付で加盟各紙に配信した記事はもっとカラフルだった。

「彼女は静かに話すタイプで、流れるような黒髪にリボンを付けることが多い。だからといってくみしやすい相手と思ったら大間違い。攻撃的な弁護士や検察官でも、彼女と相対すると弱腰になる。優雅な魅力に圧倒されてしまうからだ。

 しかし、連邦地裁判事キンバ・ウッドの優雅さは見かけにすぎず、本質とは相容れない。同僚に話を聞けばすぐに分かることだが、彼女は厳格で抜け目ない。規律が重んじられる連邦裁判所にぴったりとなじんでいる。

 彼女こそミルケン事件で判決を言い渡し、歴史に名を残すことになる裁判官なのだ。これまでは主に小規模の麻薬犯罪事件を担当してきただけに、ミルケン裁判でどんな判決を書くのか予想しにくい。どんな判決になるにせよ、今後の知能犯罪を罰するうえでのお手本になるのは間違いない」

 アメリカ史上最大の粉飾事件だったエンロン事件の舞台は、エンロンの本拠地だったテキサス南部地区の連邦地裁。公判が始まる前の2004年8月6日付のワシントン・ポストは、「エンロン裁判の担当判事はタフでフェア」という記事を掲載し、裁判官シメオン・レイクについて描写している。

「60歳のシメオン・レイクは1988年、当時のロナルド・レーガン大統領の任命で連邦判事に着任している。元同僚によれば、頭の回転が速く、落ち着いた性格だ。

 自己規律の権化でもある。(1)ロースクールを首席で卒業(2)ベトナム戦争中にベトナム駐留のためにベトナム語を習得(3)激しいジョギングで筋肉質の体格を維持---といったところだ。

 テキサス外での知名度はあまり高くない。だが、連邦地裁判事として働いた16年の間に、全国的に有名な事件をいくつか手掛けている。例えば今年初め、3億ドルの証券詐欺で起訴された大手電力会社ダイナジーの中堅幹部に対し、懲役24年の実刑を言い渡している」

 次は、テキサス州最大の地元紙ヒューストン・クロニクルが2006年1月29日付の紙面で掲載した「エンロン裁判、判事は準備万全」という記事からの引用だ。

「くそまじめで、働きばち、謹厳---。これがエンロン裁判を担当することになる判事シメオン・レイクの一般的な評価だ。

 だからといってユーモアに欠けるわけでもない。事実、法廷内では弁護士や検察官をからかうこともある。『記者会見のやり過ぎでは』『自分の思い通りに事が進むとは限らないよ』などとたしなめるのだ。

 時間に厳しく、何事にも正確さを求める法律家レイク。今回の裁判に対する用意は万全であるようだ」

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