テスラとの共同記者会見で見えたトヨタ再生への糸口
いまこそ豊田佐吉の言葉を噛みしめるべし

 トヨタ自動車の豊田章男社長と、米国の電気自動車(EV)ベンチャーであるテスラ・モーターズのイーロン・マスクCEOが12日、都内で共同記者会見を開いた。マスクCEOが、提携関係にある両社のトップ同士の友情関係の証しとして、テスラ社の新型EV「ロードスター」を豊田社長に贈呈したことを受けての会見だ。

 テスラ社は2003年に米シリコンバレー設立された新興の自動車メーカー。グーグルの創業者や独ダイムラーが出資しているほか、トヨタは今年5月20日、5000万ドルの出資を発表。最近では11月4日にパナソニックも3000万ドルの出資計画を公表している。またテスラ社は、カリフォルニア州にあるトヨタと米GMの合弁会社(現在は合弁解消)の跡地でEVを生産する計画も持つ。

 テスラのEVの特徴を簡潔に挙げると、「18650型(直径18ミリ、長さ65ミリ)」と呼ばれる、ノートパソコンなどに用いられるリチウムイオン電池を動力源として大量に搭載している点だ。EV向けには一般的に自動車専用の電池が開発されるが、テスラ社は大量生産されている安価な汎用タイプの電池を使っていることに注目されている。パナソニックと提携したのもこうした電池の共同開発などに主眼が置かれている。

 ただ、大量の電池を繋ぎ合わせていくプロセスなどでコストを下げる課題もあると見られ、イーロン氏は会見で「量産についてのノウハウがないので、大量生産で世界一の知識を持つトヨタから学ぶ」と語った。

 では、経営資源の配分を見ても次世代環境車の主軸にハイブリッドカーを置いてきたトヨタ側がEVのテスラ社と提携するメリットは何か。EV重視に方向転換するのか?実はそれほど単純な話ではない。

 そもそも次世代環境車の主流がハイブリッドになるのか、EVになるのかは見えないし、豊田社長自身が「いつの時代も変化を作るのはお客と社会。どれが選ばれても『答え』を出せるのがメーカーの使命」と公言している。

 トヨタの主眼は、ベンチャー精神を学ぶことにある。テスラ社はわずか800人の技術者集団のベンチャーであるのに対し、トヨタは連結で世界に30万人以上の社員を抱える超大企業。失礼ながらテスラとは釣り合う関係ではない。しかし、テスラは非常に意志決定が早く、様々な業界と提携する柔軟性も持っており、これまでの自動車業界の常識を否定するようなオープンマインドで車作りに取り組んでいる。こうした風土をトヨタに呼び込もうと、豊田社長は考えたのだ。

 本コラムで何度も触れたが、今のトヨタは元気がない。2010年度の中間決算では営業利益額で日産自動車に負けた。新興国市場への対応も遅れ気味だ。年初は「リコール問題」の嵐が吹いた。トヨタの経営は課題だらけであり、それは09年6月に社長就任した豊田氏自身が「嵐の中での『豊田丸』の船出」とたとえたほどだ。12日の会見では豊田社長は「ベンチャー精神溢れるテスラに何とか私どももついていっている。そしてよいDNAを吸収し始めている。トヨタももともとベンチャー企業だった。トヨタのベンチャー精神を呼び起こすきっかけになれば」と語った。

 提携からわずか半年足らずで成果も出た。トヨタは11月17日から米ロサンゼルスで始まる「LAオートショー」にテスラと共同開発したSUV「RAV4」のEVをコンセプトカーとして出展する。「ワインを飲みながら議論して開発の方向性を決めた車」(豊田社長)であり、こうしたスタイルもトヨタでは珍しい仕事の進め方だった。

「トヨタがテスラ社からベンチャー精神を学ぶ」と聞いて、筆者はある場所のことを思い出した。それは今年5月に訪れた上海の「上海豊田紡織廠」。

 1919年にトヨタグループの創始者である豊田佐吉(豊田章男社長の曽祖父)が上海に移住し、その翌年約1万坪の紡績工場を完成させたところだ。

 上海事変の際の激戦地近くにあり、戦後は国民党に接収され、国営の紡織工場として最近まで稼働していた。「上海豊田紡織廠」は現在、記念館的存在として当時の機械などが展示されている。

上海に移住する覚悟だった佐吉の言葉

 佐吉は上海に永住する覚悟で事業を始めたが、1927年に病気になって帰国し、3年後に死去した。事業は番頭の西川秋次に任せた。その番頭が事業を拡大させ、そこで稼いだ利益が、自動車事業の資金に向いた。トヨタ自動車工業の設立は1937年である。ベンチャーとしての出発だった。

 話は変わるが、その西川秋次は、豊田佐吉ら豊田一族の墓がある名古屋の覚王山日天泰寺の墓地に一緒に眠る。

 「障子を開けてみよ。外は広いぞ」。豊田佐吉が中国への進出を決める際に語った言葉とされる。周囲には反対する者もいたが、中国市場の大きさに魅せられ、リスクを覚悟で進出を決めた。

 「世界のトヨタ」になった今、90年近くの昔の話を持ち出して何の意味があるのか、という声もあるだろう。だが、世界のトップを極めたことにより、トヨタには驕りや油断があり、戦略は隙だらけだ。日本の大手メディアは、トヨタが大広告スポンサーであるが故にそのことをほとんど書かない。「自主規制」しているのだ。

 言うまでもないが社会は大きく変化している。テスラ社の出現もそのひとつである。中国やインドには新興メーカーが誕生し、これまでの産業界の「常識」を打ち破る形で新しいビジネスを進めている。

 トヨタが再生し、21世紀にも社会から必要とされ続ける企業であるためには、こうした企業との競争になる。だからこそ、「障子を開けてみよ。外は広いぞ」という箴言を改めて考えてみる状況にある、と筆者は感じる。トヨタの社員は、テスラとの提携の意義を見つめて欲しい。
 

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら