ソーシャルメディアへの誤解と、その可能性 ジャーナリズムは生き残れるのか
田原総一朗、長谷川幸洋、佐々木俊尚、津田大介シンポジウム vol.3

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vol.2 はこちらをご覧ください。

田原: 私は早稲田大学で授業やっているんですが、やってみて驚いたんです。アメリカはハーバードもスタンフォードも私学ですね。一銭も国から寄付をもらっていません。だから私学なんです。

 ところが早稲田も慶応も、3分の1近く国からもらっているんです。あんなものは私学じゃない。

 だから「文部省が偉そうなことを言う」って大学は言うけれど、国からカネをもらっていてね、偉そうもなにもあるものかと。

 で、早稲田の総長とかに「何で国からのカネなんて断れないんだ」と言ったら、「OBが寄付しないんだ」って(笑)。

 どうしよう、佐々木さん。あなた、寄付している?

佐々木: 僕は中退ですから(笑)。

田原: 基本の基本がね、どうも問題だなと思う。

佐々木: 僕は思うんですけど、要するに自分たちが社会に参加する気持ちになれないから寄付もしないんじゃないですか。参加する気持ちにならないのは、別に人間がダメだからというわけじゃなくて、やっぱり日本社会のアーキテクチャーの問題じゃないかと思います。

田原: アーキテクチャー? 

佐々木: 仕組みです。要するに、さっきのデザインする人がいないっていう話とも通じると思うんですけど、優秀な人がいないわけはないんです。政治家にだって優秀な人はたくさんいる。経営者にだって優秀な人はたくさんいます。

 でもその人たちが何かこれからグランドデザインやりましょうっていうことを言い出したり実行に移し始めようとすると、途端にみんなで足を引っ張り始めるわけですよね。カネが汚いだとかいろんな話をし始めて。

 未だにそういう情緒的な、「カネと権力と女」みたいなところでしか何かを語れないメディア空間、われわれの世論も含めたこの衆愚的な空間そのものが最大の問題なわけです。

 そうではなくて、きちんと政策論争とか政治哲学論争をする場所を作る。そういう場によって日本を運営していくんだっていう強い意志を持って、そういう論争の場を構築していけば、デザインできないという問題も解決すると思うし、自分たちがより社会に参加できる実感もわいてくる。

 そうすると、そこに例えば寄付みたいな新しい文化が生まれてくる可能性があるんじゃないか。

 今の状態で例えば政治家に寄付したとしても---楽天などは寄付システムをやったりとかしていますけど---まったく実感がないと思うんですね、自分が政治に参加しているっていう。単に誰かにカネをポトンと落としただけ。

 そのおカネを、政党が寄付した人たちの政策や政治思想を実現するための一つのツールとして使ってくれるっていう実感が乏しい。だから誰も寄付しないんだと思います。これは日本人のせいではなく仕組みのせいだと思いますよ。

田原: 仕組みね。

津田: 仕組みっていう意味で僕が期待しているのはツイッターです。

 アメリカのツイッターが目指している方向性は送金なんですよ。個人間での送金と結びつけようという動きがすごく進んでいます。

 それが可能になったら、田原さんが@namataharaのツイッターでスクープを発信したときに、その情報に対して送金されるっていうことも可能になる。

 すると、ツイッターだけで一つの、めちゃめちゃ細切れにしたジャーナリズムが成り立つと思うんです。

 そういう意味で言うと、ネットを使った個人間の送金っていうのが、実はネットジャーナリズムがまずカネを回し、独立して運営していくっていうことを可能にするかもしれない。その意味で、ものすごく期待している部分ではあるんです。

 ただ問題なのは、たぶん個人間送金って日本は一番規制が厳しいところなので、アメリカでそういうサービスが始まったとしても、日本ではなかなか始められないっていうことです。Pay-PAIなんかでもそうですし。

 そういう問題もあって、そこは寄付税制とセットで政治が変えていかないと、なかなかネットでのソーシャルジャーナリズムの足場が固まらないのかなと思います。

Web時代のジャーナリズムとは

田原: あえて話題をズラしますけど、この間、堀江さんに、「どうもネットの世界はカネにならない。プロが育たない」と言ったら、「私は食っています」と言うんです。堀江さんは会員制のメールマガジンを出しているんだけれど、年間、相当カネが入ってくるんだって。

佐々木: 僕もやっていますよ。堀江さんほどじゃないですけど。

田原: 結構入ってくる?

佐々木: まあ普通のサラリーマンの所得くらいはあります。

田原: じゃあ何百万くらいは?

佐々木: そうです。

田原: すごいですね。

佐々木: この時代においてジャーナリズムってどうやって実現していくのかとか、ずっと自分自身のテーマとしても考えているんですが、結局、テレビとか新聞という組織とか装置によってジャーナリズムを実現する時代っていうのは終わるんじゃないかと思っているんです。

 そうではなくて、一人ひとりの、個人のジャーナリストという存在がある。その一人のジャーナリストがいかに読者と、例えばツイッターやブログ、メールマガジンやあるいはユーストリーム、ユーチューブなどを使ってダイレクトに繋がるか。

 そのどこかの場所できちんとおカネを生み出すことが出来て、それでものすごく少人数---僕はアシスタントも置かずにすべて一人でやっています---の人間がちゃんと生きていけるようにすれば、それでジャーナリズムは十分成り立つんじゃないかなと。

田原: 津田さん、その点どう思う?

津田: そこに行くときに問われるのは信頼性ですよね。今までマスメディアっていうのは、マスメディアの組織だったりブランド力におカネを払っていた。

田原: そう。「朝日新聞」とか「東京新聞」というブランドで信用があった。

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