メディア・マスコミ
検証 ゴールドマン VS. 「市場の番人」SEC
捜査当局も実名で丸裸にする米新聞の「ヒューマンインタレスト」

 アメリカの経済事件で今年最も話題になったのが、「市場の番人」証券取引委員会(SEC)による「最強の投資銀行」ゴールドマン・サックスの摘発だろう。何しろ、和解金が5億5000万ドル(円換算で400億円以上)に達し、ウォール街の制裁金記録を塗り替えたからだ。

 「ゴールドマン VS. SEC」をアメリカの主要紙はどう報じたか。ポイントは3点ある。(1)「捜査される側」に加えて「捜査する側」の責任者についても実名で詳しく報じた(2)「捜査する側」が抱える問題点も浮き彫りにした(3)「捜査される側」の反論にも大きく紙面を割いた---である。

 SECは今年4月中旬、サブプライムローン(信用力の低い個人向け住宅融資)関連の証券化商品の販売に絡んで投資家をだましたとして、ゴールドマンをニューヨーク連邦地裁に提訴している。

4月19日付NYTビシネスセクション1面。使用した顔写真は、ゴールドマンCEOではなくSEC委員長

 これを受け、ニューヨーク・タイムズ(NYT)は同月19日付のビジネスセクション1面で長文記事を掲載した。

 「SEC、ウォール街に警告」との見出しを掲げ、ゴールドマン最高経営責任者(CEO)ロイド・ブランクファインの代わりに、SEC委員長メアリー・シャピロの顔写真を使っている。

 さらに中面へ続き、SECの現場指揮者である捜査局長ロバート・カザミがオフィスで仕事している様子を写真付きで紹介。

4月19日付NYTビジネスセクション。中面にはSECの現場責任者が仕事中の写真も

 記事中では、シャピロとカザミへの直接インタビューを基にしながら、リーマン・ブラザースの経営破綻などに際して機動的に対応できなかったSEC側の体制や意図などについて書き込んでいる。

 ゴールドマンがSECと和解した時の紙面はどうだったか。同紙は7月18日付のビジネスセクション1面を使い、「ゴールドマン戦争を終えた将軍たち」との見出しで、ゴールドマンとSEC双方の内情を同程度に詳しく描いている。

7月18日付NYTビジネスセクション1面。和解を伝える長文記事で使用した写真は、SEC捜査局長とゴールドマン法務責任者

 1面では、SECの捜査局長カザミとともにゴールドマンの法務責任者グレゴリー・パームの顔写真を掲載。

 2人が和解交渉の実務責任者だったからだ。中面では、ゴールドマンCEOのブランクファインが議会証言している写真の上に、カザミ以下のSEC捜査局メンバーがオフィスで集合している写真も使っている。全員実名入りだ。

 「何だ、そんなことか」と思われるかもしれない。だが、信じにくいことかもしれないが、日本の報道基準からするといずれも異例なのだ。「捜査する側」は匿名、「捜査される側」は実名---これが日本基準だ。

「ヒューマンインタレストを前面に」

7月18日付NYTビジネスセクション中面。ゴールトドマンCEOの議会証言の写真の上に、SEC捜査局メンバーが集合している写真がある。全員が実名入り

「日本最強の捜査機関」と呼ばれる東京地検特捜部は、大型事件に際して新聞紙面上に登場することは数え切れないほどある。

 ところが、基本的に「顔の見えない組織」として登場するだけなのだ。捜査チームが実名入りで一堂に会している写真が主要紙に掲載されたことはおそらくないだろう。

 少し横道にそれるが、アメリカの新聞社では現場で「ヒューマン・インタレスト(人間的要素)を前面に」と教えられる。

 あらゆる組織は人間が動かしているのであり、人間を主語にして書かなければ真実を伝えられないというのだ。「SECは~」ではなく「シャピロは~」、「ゴールドマンは~」ではなく「ブランクファインは~」と書くよう求められる。

 2006年に相次ぎ表面化したライブドア事件と村上ファンド事件でも、東京地検特捜部は新聞紙面上では「顔の見えない組織」に終始した。前者は粉飾決算、後者はインサイダー取引に絡んで摘発され、経済事件としては過去に例がないほど注目を集めた。にもかかわらず、特捜部長は実名でめったに登場しなかった。

 当時の東京地検特捜部長は、「額に汗して働く人が憤慨するような事案を摘発してきたい」と宣言していた大鶴基成。現在は同地検次席検事だ。両事件の立件を指揮した特捜部長だと認識できる人はほとんどいないのではないか。

 試しにライブドア事件をめぐる新聞報道を点検してみよう。同事件では、1月23日に「ホリエモン」こと社長の堀江貴文が逮捕されると、マスコミ報道は一気に過熱した。そんな状況下にありながら、大鶴は主要紙の紙面上では事実上“無視"されていた。

 堀江逮捕から1ヵ月間を対象に、読売、朝日、毎日、日本経済の主要4紙を調べてみた。すると、ライブドア事件絡みで東京地検が登場する記事は394本もあるのに、このうち大鶴への言及がある記事は4本にとどまった。しかも、4本のうち3本は「額に汗して」という言葉を紹介しているだけだった。

 唯一、朝日が1月28日付の夕刊1面で「攻める検察100人態勢」という記事を掲載し、大鶴について比較的詳しく書いている。以下、彼について書かれている部分だ。

< 指揮をとる大鶴基成・特捜部長は副部長時代に日本歯科医師連盟をめぐる一連の事件の捜査を担当し、自民党旧橋本派の1億円ヤミ献金事件に切り込んだ。昨年4月の部長就任時、『違反をすれば、もうかると分かっていても法律を順守している企業の人が憤慨するような事案を摘発したい』と語っている >

 これがすべてだった。人柄や捜査手法についての説明はない。顔写真もなかった。

 前回の記事(「『捜査する側』を匿名にする日本の新聞報道はアメリカでは通用しない」)でも書いたように、郵便不正事件をめぐる新聞報道も基本は同じだった。匿名の捜査関係者が紙面を通じて実名で第三者を攻撃するわけだ。インターネット上で匿名のブロガーが実名で第三者を攻撃する構図と似ている。公共性の高い新聞紙面上が無法地帯のネット上とあまり変わらないということだ。

この続きは、プレミアム会員になるとご覧いただけます。
現代ビジネスプレミアム会員になれば、
過去の記事がすべて読み放題!
無料1ヶ月お試しキャンペーン実施中
すでに会員の方はこちら