〔新聞の現在と未来〕写真貼り出しのラーメン屋と
大新聞の宣伝に共通するもの

 いつ頃からかは、定かではないのだけれど、街角に、壁面一杯を写真にしている店が目につくようになった。ラーメン屋、居酒屋、軽便なレストランの類が、さまざまな料理や酒肴、店内の様子などの写真を通りに面して貼り付けている。

新聞
幕末、明治に日本でも紙の新聞が登場。読売は明治七年、朝日は同十二年に創刊した

 いかにもという、簡単な店ならばよいのだけれど、日比谷、丸の内あたりで、かなり設えに凝った店でさえ、料理の写真を店頭に並べている。こんなあから様な事をしたら、折角のインテリアもぶち壊しになるのではないか、と思うのだけれど、存外、誰も気にしないらしく、それなりに流行っているようだ。

 永井荷風が『墨東綺譚』に付した長い後書きのなかで、東京の料理店が店頭にセルロイドで造った模型を並べるようになった、という現象を記している。同作は、昭和十二年六月、蘆溝橋事件の直前まで、朝日新聞に連載された。

経済の行き詰まりが、政治、言論のそれと呼応した時代

 第一次世界大戦下の好景気と、関東大震災後の首都圏の拡大にともない、東京に大量の人口が流れ込んだ。江戸以来の都市の秩序は、新しい東京人たちには通じず、飲食店などでさまざまなトラブルが起こったと荷風は書いている。

「地方の人は東京の習慣を知らない。最初停車場構内の飲食店、また百貨店の食堂で見覚えた事はことごとく東京の習慣だと思い込んでいるので、汁粉屋の看板を掛けた店へ来て支那蕎麦(そば)があるかときき、蕎麦屋に入って天麩羅をあつらえ断られていぶかし気な顔をするものも少くない。飲食店の硝子窓に飲食物の模型を並べ、これに価格をつけて置くようになったのも、けだしやむことを得ざる結果」である、と皮肉な調子で賞(ほ)めた。

 最近、ほとんどセルロイドの模型をみかけない。合羽橋には、まだ模型を売っている店が多数あるけれど、どうも主要な客は、外国人旅行者であるらしい。

 セルロイドから写真へ。その変化はおそらく連続的なものではないのだろう。セルロイドは昭和とともに消えさり、平成のいずれかのタイミングで、写真を店頭に貼りつけるようになったのだろう。

 だが、気になるのは、昭和の模型が大規模な人口移動という現象からもたらされたものであるのにたいして、平成の写真の背後には、そこまでダイナミックな転換はなかった。たしかに相対的に首都圏の拡大は進んでいるけれど、昭和初期のような激しいものではない。そこに横たわっているのは、人口移動といった量の問題ではなく、街を歩き、街で生活する人々と、彼等に問いかける人々の質が関わっているのではないか。リテラシーという言葉は、便利すぎるけれども。

「デパートなんかでも、前には歳末売り出しと中元売り出し位で、その時人を釣ってガマンしていたものですけど、この頃のように不景気になって来ると、それでは、たまらないのでしょう。月末サービス。均一売り出し、新柄売り出し、中旬特売デー。一日より十日特別大売り出し。蔵払い投げ売り。仕舞品おつとめ。その他いろいろの名目で、殆(ほとん)ど一日の休みなく、売り出しだの、特売だの、サービスをしていますね。こんなに始終特別なのでは、普通の時ってないんじゃないかと思います。だから、結局その呼びかけは、釣餌でもって、値段には大して差はないのだろうと、誰でも考えられることですね。要するに、そうした商法はデパートのアガキの一つの現れですね」

 引用したのは、『婦人運動』昭和八年一月号に掲載された、近藤真柄(まがら)の「デパートの特売と議会」と題された文章だ。真柄は、堺利彦の長女であり、後にアナキストである近藤憲二と結婚した女性活動家である。

 この文章を引用したのは、不況下に百貨店がやる事は、今も昔も変わらない、というような事ではない。文章のタイトルに示されているように、昭和戦前の日本は、デパートが象徴する消費の、あるいは経済の行き詰まりと呼応するようにして政治が、言論が、行き詰まっていった。その経路は、今日の日本と相似していなくもない。

皮肉な事に、近代日本の議会政治は、自由民権運動以来の悲願であった、すべての成年男子に選挙権が付与された普通選挙の施行とともに、堕落し、崩落していった。昭和三年に、最初の普通選挙が行われてから、蘆溝橋事件で支那事変に突入するまでわずか十年である。

 戦後ずっと唱えられてきた政権交代が実現した今、再び崩落がはじまることはない、と誰が保証できるだろうか。

 もちろん、その崩壊は、政治家のみがもたらすものではないだろう。かつて、軍人や経済人、そして言論人もまた、意識的であれ、無意識的であれ、手を下したように。

 正月、何とはなしに箱根駅伝の実況放送を見ていたら、途中のコマーシャルが気になってしかたがない。暗い画面、長髪で、上半身がほとんど裸の男が迫ってきて、「リアルのチカラ。」という文字が浮き上がる。

 何だろう、新手の男性用化粧品の宣伝かしら、と見ていたら、何度目かで気づいた。読売新聞の宣伝だったのだ。

 言葉で、伝えるのが役割の媒体のコミュニケーションが、唯一発しているのが「REAL」という横文字なのである。もちろん、ブラウン管で、長い文章を示すことは意味がないことだろう。とはいえ、「REAL」という、商店街のシャッターの、スプレー落書きのような文句が、新年早々、日本で一番部数が多いという新聞が読者に示そうとしたメッセージなのだ。写真貼り出しのラーメン屋さんである。

 一月九日の朝日新聞の夕刊の第一面トップは、サタデーナイト・ライブを、吉本興業が配信するという記事だ。私は、サタデーナイト・ライブの三十年来のファンだけれど、なんでこれがトップになるのかは理解できない。日航、イエメン、ドバイ、いくらでもある、という気がする。

 あるいは、産経新聞。かなり長い読者であるけれど、近頃は疑問に思う事が多い。特に一面。どこぞのアパレルの経営者という人などの、どういう意図で掲載しているのか、理解に苦しまざるを得ない文章が載っている。

 もちろん、読売にしても、朝日にしても、既成のメディアがアイデンティティを問われている今日、試行錯誤をしているのだろうが、本質から、外れてしまっているように思われてならないのだ。「社会の木鐸(ぼくたく)」という言いまわしは古びた響きかもしれないが、その責務は尊重して欲しいものだ。

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