中国
「第6回人口調査」の実施から結果公表まで半年もかかる理由
とてつもない数の流動人口を抱えている中国。
人口過多ゆえの"悩み"も世界最大級

 11月1日、「中南海」(中国指導者の職住がある北京の天安門西手の一角)に住む胡錦濤主席のもとに、「珍客」が現れた。胡錦濤主席は、ポルトガル・フランス訪問や、横浜APEC(アジア太平洋経済協力会議)、ソウルG20(主要国首脳会議)などの準備に忙殺されていたが、あろうことかその若い男女の二人組は、国家主席を質問攻めにした。

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――あなたの名前は?

「胡錦濤です」

――性別と年齢は?

「男性で、1942年生まれの満67歳です」

――教育程度と職業は?

「清華大学の水利工程学科を卒業しました。現在の職業は、国家主席です」

 こんな調子で、計19もの質問をぶつけ、胡主席は一つひとつ神妙に答えたのだった。

 実はこれは、11月1日から中国全土で始まった「第6回全国人口調査」のキャンペーンの一コマである。今回の人口調査を徹底させるため、胡主席自らが「広告塔」となって、人口調査を受けるシーンを、中国中央テレビを通じて、全国に流したのだった。

 中国の人口調査は歴史が古く、紀元前の昔から、各王朝が入念な調査を行ってきた。専ら国民の賦役(納税と徴兵)を徹底させるためである。例えば、約2000年前の漢の時代に書かれた『漢書』には、各地域毎の詳細な人口に加え、総人口5959万4978人という記述がある。

 1949年に建国したいまの中華人民共和国は、これまで5回の全国人口調査を実施してきた。第1回の1953年は、5億8260万人。この頃は中国も、戦後のベビーブームに沸いていた。第2回の1964年が6億9122万人で、この調査の前の3年飢饉と、後の文化大革命で、それぞれ数千万人が落命した。

 第3回の1982年は10億318万人で、改革開放政策を実施すると共に、10億人突破の危機感から、「計画生育」(一人っ子政策)を始めた。第4回の1990年は11億3051万人。天安門事件後で、政府が種々の引き締め策を実施した時期だ。

 そして第5回の2000年が、12億9533万人である。当時の江沢民主席が、「20年後に国民の所得を4倍にする!」とブチ上げた。ちなみに香港とマカオ、それに実行支配していない「台湾省」は、それぞれの行政府が公表した最新の人口統計を、そのまま加えて算出している。

 今回の「第6回人口調査」は、11月1日から10日までの間に、全国600万人の「普査指導員」が、各家庭を戸別訪問することになっている。「普通指導員」は、地元の顔役や大学生などが駆り出され、アルバイト代として、ひと家庭あたり1元~3元くらいの「調査謝礼」がもらえるという(この調査謝礼は各地でまちまちのようで、インターネット上で議論の的になっている)。

 ともあれ、国と地方政府合わせて、総予算80億元(約1000億円)という、世界最大規模の「対面調査イベント」なのである。