「私的見解」を振りかざす菅首相
[迷走する原発]政権中枢の空洞化進む

 政府の原発政策が迷走している。菅直人首相が「原発に依存しない社会を目指すべきだと考えるに至った」をいきなり事実上の「脱原発」を宣言したことに端を発している。政権が代わったとはいえ、半世紀以上に及ぶ原発推進を目指してきた日本のエネルギー政策の大転換を、退陣を表明した首相がぶち上げたことに政府・与党からも戸惑いと批判が沸き上がった。東日本大震災の復興も遅々として進まない状況の中で、政権中枢の空洞化が深刻化している。

会見で「脱原発依存」を明言した菅直人首相=首相官邸で7月13日

 菅首相が7月13日に開いた記者会見の発言内容を精査すると、「脱原発」という言葉は巧妙に避けている。会見前に枝野幸男官房長官らが政府・与党内の反発を予想して「『脱』は使わないでください」とクギを刺したためという観測がある。しかし、「原発に依存しない社会を目指すべきと考えるに至った」「計画的、段階的に原発依存度を下げ、将来は原発がなくてもきちんとやっていける社会を実現していく」と踏み込めば、少なくても「脱原発依存」との見出しが躍ることを計算したうえでの発言だ。

 菅首相はすでに原発推進を前提にした政府の「エネルギー基本計画」の白紙撤回を表明。5月下旬、主要国首脳会議(G8サミット)でフランスを訪れた際も「自然エネルギーの比率を20年代の早い時期に20%にする」と大幅な前倒しを〝国際公約〟するなど、「脱原発」への布石を敷いていた。

 会見で菅首相は、3月11日の東京電力福島第1原発の事故以前は「安全性を確認しながら活用していくという立場で発言してきた」と原発容認の考えであったことを正直に認めた。そのうえで「原子力事故のリスクの大きさを考えた時、これまでの安全確保という考え方では最早律することができない技術であるということを痛感した」と、政策転換の理由を説明した。

 また、原発の安全性をチェックする原子力安全・保安院が、推進政策を採ってきた経済産業省の中にある問題について「IAEA(国際原子力機関)への報告書でも分離が必要だと述べており、経産大臣も含めて共通の認識になっている」と述べた。

 一連の政策転換について菅首相は「国民は基本的に理解している」と強調。各種のメディアの世論調査でも「脱原発依存」は国民の多数派が支持しているのは事実だ。だが、首相に就任して以降、昨年夏の参院選の「消費税10%に増税」や、関税撤廃を目指すTPP(環太平洋パートナーシップ協定)への参加検討などと同じように、政府部内での十分な議論を経ない独善的とも映る手法に批判が集中した。

 しかも、6月初めに事実上の退陣表明をした首相が、具体的な道筋を示さずに国の将来を左右する根本政策の大転換を表明したことに対して、与野党を問わず大きな批判と反発の声が上がった。

 閣僚からも苦言が相次いだ。15日の閣僚懇談会で、中野寛成国家公安委員長は「閣僚は話を聞いたことがない。首相の真意、発言内容について説明していただきたい」と真っ向から批判した。野田佳彦財務相は同日の記者会見で「個人的な考えとして話したと受け止めている」。

会見で「脱原発依存」を明言した菅直人首相=首相官邸で7月13日

 大畠章宏国土交通相も「首相の個人的な考え方をまとめた」と、政府方針でないことを強調した。玄葉光一郎国家戦略担当相は「原発ゼロにするなら、核燃料サイクルも含めた大きな議論が必要になる。短兵急に出すものではない」と不快感を示した。

 枝野官房長官は「短期的な話と中期的な話、長期的な方向の話は、首相なりにしっかり整理して話をしている。遠い将来の希望について首相が思いを語った」(14日の記者会見)と言葉を選びつつも冷ややかな反応だった。

 菅首相はこのような批判に、記者会見の翌14日の首相ブログで「これから具体的な道筋の本格的議論が必要だと考えている」と〝釈明〟。15日の衆院本会議での答弁で「私自身の考え方として、私としては原発に依存しない社会を目指すべきだとの考えに至った。将来は原発がなくてもやっていける社会を実現していくと私の考え方を申し上げた」と「私」を繰り返した。首相会見での発言を「私的見解」に後退させてしまった。

 これに対して「おそらく本会議で個人の考えを述べた首相は始めてだ」(20日の衆院予算委員会で江田憲司みんなの党幹事長)など、さらに批判を招いた。

 原発政策と電力供給の責任を負う海江田万里経産相との確執は深まるばかりだ。定期検査中の九州電力玄海原発の運転再開問題で、海江田経産相が従来の法的手続きに沿って「適切」と判断し6月29日に地元自治体に理解を求めた。その直後、経産相の安全宣言について「私も全く同じ」と同調していた菅首相が「原子力安全委員会に聞いたのか」と突然待ったをかけた。

 首相のツルの一声で「安全宣言」の後にさらに全原発を対象に新たなストレステスト(耐性試験)を実施することになり、海江田経産相の〝ストレス〟はたまる一方で、原発事故賠償の枠組みを定める原子力損害賠償支援機構法案の成立をめどに辞任する意向を示唆している。

 毎日新聞のインタビューで海江田経産相は、首相の記者会見について「40~50分前に電話連絡を受けた」と閣内で議論がなかったことを明らかにした。将来的に原発ゼロにする首相の考えについて「核兵器を持たずに原子力技術を本格開発してきたのは日本ぐらいなのに、その技術を捨て去っていいのか」と平和利用技術が途絶えることに懸念を示した。菅首相が「脱原発」を争点に解散する場合には「(衆院解散を行うための閣議書に)署名しない」と明言した。政権の終末期を象徴する発言だ。

「安全神話」を作ってきた自民党
政策転換へ試行錯誤続く

 原発政策を巡る迷走は自民党にも波及している。1955年の結党以来、「産・官・学」と一体となり原発の「安全神話」を営々と語ってきたという意味では、東京電力福島第1原発事故に対する責任は、むしろ民主党より重い。そこに口をつぐんだまま菅首相の言動をいくら批判しても、自民党への支持は回復しないのではないか---。過去の政策をどう総括するか、試行錯誤が続いている。

 自民党は10年参院選の選挙公約で「地球温暖化問題の解決には原子力発電所の活用は不可欠であり、増設も含め、体制を整備する。発電量に占める原子力の比率の向上に向け、整備点検や国の安全審査体制のあり方を再検討し、原子力政策を推進する」と明記した。

 今年3月末で期限が切れることになっていた「原子力発電施設等立地地域振興特別措置法」の10年間延長も打ち出し、昨年の臨時国会で民主、自民、公明党などの賛成で法改正が実現した。

 しかし、東日本大震災で状況は一変する。谷垣禎一総裁は3月17日の記者会見で「原子力政策を推進していくことは難しい状況になっている」と認めざるを得なかった。さらに、自民党政権の原子力政策を基本的に継承してきた菅首相が同31日、共産党の志位和夫委員長との会談で、原発を30年までに14基以上新増設するとした政府のエネルギー基本計画を「見直しを含めて検討する」と表明。政府がエネルギー政策を転換する可能性が高まった。

 対応を迫られた自民党は4月5日、当面の電力需給対策とエネルギー戦略の再構築を議論する「エネルギー政策合同会議」を発足させた。党政務調査会の経済産業部会(西村康稔部会長)、電源立地及び原子力等調査会(細田博之会長)、石油等資源・エネルギー調査会(甘利明会長)の合議体で、委員長には元経産相の甘利氏が就任した。

 甘利氏は合同会議の初会合で「(電力の)安定供給、温暖化防止、経済合理性のバランスをどうとるか。原子力の問題が国中を悩ませている中、原子力とどう向かい合っていくか」と問題提起した。だが、通産(経産)官僚出身の細田、西村両氏をそれぞれ委員長代理と副委員長に据えた布陣には、自民党の中でさえ「原発擁護」と疑問の声が上がった。

 危機感に乏しい自民党を尻目に、首相は「脱原発」へと急速に傾斜していく。5月6日には中部電力に対し浜岡原発の全面停止を要請。同月の毎日新聞の全国世論調査では、同原発の運転停止を「評価する」との回答が66%に上った。福島第1原発事故の原因を究明する「事故調査・検証委員会」(委員長・畑村洋太郎東京大名誉教授)も設置され、自民党も議論の俎上にのせられる可能性が高まった。

 そのうえ、退陣表明後も居座り続ける首相に、永田町で「首相は『脱原発』を争点に衆院解散に踏み切るのではないか」という観測が広がるに及んで、自民党もようやく事の重大性に気づき始めた。

 政権与党時代から自民党の原子力政策を批判してきた河野太郎衆院議員は6月14日、西村氏らと共同代表となり、「エネルギー政策議員連盟」を立ち上げた。党内には「急進派」の河野氏への警戒感もあったが、河野氏は初会合で「明日、原発を全部止めろといってもなかなか難しいし、原発をどんどん作れというのも難しいから、選択肢は非常に限られてくる」と現実路線を強調。会合後、記者団には「自民党という大きな空母の方向を少しずつ変えていく」と語った。

 さらに7月5日、「総合エネルギー政策特命委員会」が発足。石破茂政調会長は「電力業界とつながりがなく、しがらみは一切ない」という山本一太参院政審会長を委員長に起用した。特命委は党の新たなエネルギー政策について8月中に中間報告をまとめるほか、政権与党時代の原子力政策の検証作業も進める。これまでの会合では細田氏らベテラン議員が政策の正当性を訴える場面もあったが、「ゼロベースで見直す」という基本方針は党内で支持を獲得しつつある。

 経済界に変化の兆しが見え始めたことも、自民党の政策転換を後押ししている。経団連はなお「原発推進」を堅持しているが、経済同友会は7月15日、老朽化した原発を順次廃止し、再生可能エネルギーの推進を目指す「縮原発」を打ち出した。「脱原発」とは一線を画す自民党の西村氏も「日本が原子力を選択したのは間違っていなかったが、新規立地はもう難しい。『縮原発』の方向に行くだろう」と認めている。

 自民党内では「菅首相のまま衆院選に突入すれば、必ず勝てる」という意見が勢いを増している。ただ、党のエネルギー政策をあいまいにしたままでは、小泉純一郎首相(当時)が郵政民営化の是非を争点に解散し、圧勝した05年衆院選の逆のパターンにならないとも限らない。「外圧」とはいえ、政策転換を急ぐ理由もそこにある。

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