保護主義の嵐が吹き荒れる大海で、「最後の救命ボートTPP」に乗る秘策

 菅直人政権は、アメリカ、ニュージーランドなど9ヵ月が締結交渉を進めている「Trans-Pacific Strategic Economic Partnership、環太平洋戦略経済連携協定)の交渉テーブルに着く方針を打ちだせるだろうか。それとも、いつものように先送りしかできないのだろうか。

 当初、本稿掲載日(11月2日)に行われると目されていたTPP交渉の参加に関する閣議決定は、本稿の執筆段階(10月31日)に限ると「困難だ」(政府関係者)との見方が支配的になっているという。

 それどころか、意思表明の最大のチャンスだったAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議(11月13、14日に東京で開催)までに閣議決定をすることさえ不可能だとの見方まで出ているほどという。

 だが、世界が相変わらずリーマン・ショック以来の経済・金融危機から抜け出せず、保護主義の嵐が吹き荒れる海の中にあって、TPPは最後の1隻となった救命ボートのような存在だ。

 モタモタしてきた日本が、今さら乗せてもらおうと変心しても、ハードルは低くない。米国のように「新たな参加には、すでに交渉を進めている9ヵ国すべてと事前交渉を行い、了承を取り付ける必要がある」と主張する国も存在する。

 そうした国々だけでなく、これまであらゆる形の自由貿易振興に強硬な反対を続けてきた国内の農業関係者の両方を等しく満足させて、TPPの交渉開始に着手できる戦略はないのだろうか。今回は、その秘策について考えてみたい。

 そもそもTPPとは何なのか。

 TPPは、対象分野を都合のよいところに限定しがちな多くの自由貿易協定や経済協力協定と大きく異なり、モノの貿易についての関税を完全に撤廃することが原則だ。仮に応じられない品目があったとしても、それらの品目についても10年間で段階的な廃止を実現することが義務付けられることになっている。

 核になっているのは、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4ヵ国が2006年に発効させた自由貿易協定「パシフィック・フォー」(P4)だ。当初は4ヵ国の間で低率の特恵関税を適用することがポイントだったが、2008年ごろから金融や投資の分野への拡大論議に発展した。

 2008年11月には、豪州とペルーを加える交渉を翌年3月をめどにスタートすることを決定した。その後、さらに米国のほか、ベトナム、マレーシアが交渉に加わって、現在の9ヵ国による交渉となったのだ。

 あまり知られていないが、筆者が2009年2月27日に、ダイヤモンド・オンラインに寄稿したコラム「保護主義台頭への対抗軸『環太平洋FTA』構想への参加を急げ」で紹介したように、P4諸国は早くから日本の交渉参加を歓迎するとの趣旨の招致状が関係省庁に発していた。

 しかし、それらの官庁の官僚たちは、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎と続いた末期の自民党政権の状況を悲観し、端から「実現する指導力がない」と決め付けて、各政権に対して招致の存在すら知らさなかったという。

 それゆえ、日本では、政府としての積極的な参加に関する検討も論議も湧きおこらなかったとされている。

 その意味では、日本はTPPの創設メンバー国のひとつとしての交渉に加わる機会を棒に振り、すでに一敗地にまみれた状況にある。

 あのとき、交渉のテーブルについていれば、今になって、米国に「9ヵ国全部の了承が必要だ」などと、いきなり米国向けの譲歩を要求されるいわれなどなかったはずなのである。

 能力も知恵もないのに「政治主導」と唱え続けて、積極的に、官僚から情報や政策を引き出せなかったという点では、鳩山由紀夫、菅直人の民主党政権も自民党政権とほとんど同罪だろう。

 総選挙をまじかに控えた昨年夏の腰砕け劇を記憶している読者も多いのではないだろうか。鳩山代表率いる民主党は2009年7月公表のマニフェストで「米国との間で自由貿易協定(FTA)を締結し、貿易・投資の自由化を進める」としたにもかかわらず、わずか10日あまりで撤回した。

 新たなマニフェストでは、「締結」を「交渉の促進」と修正して骨抜きにしたばかりか、「食の安全・安定供給、食糧自給率の向上、国内農業・農村の振興などを損なうことは行わない」という文章まで盛り込み、自由貿易よりも国内農業保護を優先する姿勢を明確にしたのだった。

排他的なEUと韓国のFTA

 しかし、長年、日本が本格的な自由貿易協定や経済協力協定の締結努力を怠っている間に、今回話題のTPPのような自由貿易協定は飛躍的に重要性を増している。そして、その原因は大別して二つである。

 第一は、貿易自由化交渉や経済連携協定の位置づけの変化に関連するものだ。かつては、貿易自由化と言えば、世界貿易機関(WTO)というマルチ(多国間)の場で推進する交渉が唯一かつ最大の柱であり、2国間や特定地域で行う貿易自由化交渉や経済連携協定交渉は、あくまでもマルチの補完と考えられていた。

 しかし、WTO交渉の長期的な停滞が響いて、むしろ、最近は、2国間や地域ごとの交渉は、それ自体が最大の目的として定着しつつあるのだ。その結果として、これらの協定は、当該国以外の諸国に対して排他的な性格が強いことがはっきりしてきた。

 特に、先に、EUと韓国が合意したFTAはそうした排他性の強さが専門家の間で大きな話題となっている。

 第2の問題は、とことん通貨・人民元の切り上げを先送りしようとする姿勢や、高関税の維持、外資規制への拘り、そしてレアアースを巡る輸出規制問題などによって、中国が保護主義色を強める一方となっていることがあげられる。

 中国は、今年中にもGDPで日本を抜き、世界第2位の経済大国に躍り出るとみられているだけに、こうした姿勢が世界経済に与える悪影響の大きさは計り知れない。

 TPPのような巨大な自由貿易市場構想は、中国をそうした保護主義と決別させるためにも重要となっている。つまり、TPPに加盟して、その恩典を享受したいのならば、中国自身もTPPに加盟して、他の加盟国に対して特恵関税を始めとした自由化措置を講じる必要があると迫ればよいわけだ。

 そのためには、日本や米国のような巨大市場を持つ国々がTPPに参加することが不可欠なのである。

 余談だが、中国は、日本や米国からの輸入品には高い関税を課している(乗用車で25%程度)が、ニュージーランドとの間にはすでに2国間のFTAを結んでおり、工業品には輸入関税を課さない措置を採っている。これは、ニュージーランドが中国と競合する工業製品を持たないゆえの措置である。

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