賠償請求訴訟で原告・弁護団と国が和解合意
[B型肝炎]膨大な和解金の財源に増税論が浮上

B型肝炎訴訟の原告団への謝罪後、全国原告団代表の谷口三枝子さんと握手して頭を下げる菅直人首相(右)=首相官邸で6月28日

 集団予防接種の注射器使い回しでB型肝炎ウイルスに感染したとして、患者らが国に賠償を求めているB型肝炎訴訟はこのほど、原告・弁護団と国が和解の基本合意書に調印して提訴から3年余りでひとまず決着した。

 今後、係争中の10地裁で原告と国が個別の和解手続きに入り、今秋にも1例目の和解が成立する見通しだ。しかし、約40年にわたり注射器の連続使用を放置した真相の究明や、総額約3兆2000億円、当初5年間だけでも約1兆1000億円と試算される和解金の財源捻出など課題は山積している。

「皆さま方が背負ってこられた苦しみ、悲しみ、怒り、不安や悔しさを思いますと、どういう言葉でおわびを申し上げていいのか分かりません」

 6月28日、首相官邸。菅直人首相は原告や弁護団ら計約120人を前に国の責任を認めて謝罪し、深々と頭を下げた。この後、原告団代表の谷口三枝子さん(61)が「提訴後に16人の原告が命を失い、あまりにも長く、つらい年月だった。この日が訪れるのが遅かった」と涙ながらに訴え、患者の思いを代弁した。

 基本合意書には、被害者の認定基準や和解金の支払いのほか、真相究明を行う第三者機関の設置、恒久対策を話し合う協議機関の設置などが盛り込まれた。救済対象は、国が予防接種を義務付けた48年から注射器の連続使用を禁じた88年までに、6歳以下で集団予防接種を受けB型肝炎に感染した被害者や、感染した母親からの2次感染者。

 集団予防接種を受けた証明には、原則として母子手帳や市町村の予防接種台帳が必要だが、接種時期や場所を説明する本人や医師の陳述書でも代替できる。さらに、母子感染や大人になってからの感染でないことなどを確認できれば被害者と認定され、和解金が支払われる。

 金額は病状などに応じ、慢性肝炎などの発症患者に1250万~3600万円▽発症後、提訴まで20年以上経過した慢性肝炎患者に150万~300万円▽未発症の感染者(キャリアー)に50万円(感染20年未満は600万円)と決められた。

 今回の訴訟は08年3月に札幌地裁で患者5人が提訴して始まったが、そもそも、集団予防接種で注射器使い回しを放置した国の責任は、別の北海道内の5人が原告となった06年の最高裁判決で確定している。

「我が国では、遅くとも1951年当時には注射針や注射筒を連続使用した場合にウイルス感染が生じる危険性があることについて医学的知見が形成されていた」。同判決はこう指摘し、注射器の連続使用の危険性は戦後間もない時期に明らかになっていたと認定した。

 しかし、国は判決後も被害の実態調査を行わず、原告以外の被害者の救済に乗り出さなかった。このため、08年以降各地で提訴が相次ぎ、東京や福岡など10地裁で900人以上が訴える集団訴訟に発展した。

 札幌地裁の和解勧告を受け、昨年5月から始まった和解協議では、救済対象者の範囲や認定方法などを巡って協議が難航した。原告は主要な争点についての昨年中の合意を目指したが、双方の主張の隔たりは大きく当初の予定より大幅に遅れた。

「和解を進めるうえで最大の障害」(札幌地裁の石橋俊一裁判長)となったのが、キャリアーの救済を巡る見解の相違だった。原告側は「多くのキャリアー原告が定期的な血液検査に通うなど医療費負担が大きい」「いつ発症するか分からない不安を抱えている」と訴え、発症患者と差のない救済を求めた。一方、国は不法行為から20年が経過すると賠償請求権が消滅する民法の「除斥期間」の規定を持ち出し、「予防接種を受けてから20年が経過したキャリアーには賠償請求権がない」と反論した。

 06年最高裁判決は除斥期間の起算点について、慢性肝炎患者は予防接種を受けた時ではなく「発症時」との見解を示したが、キャリアーについては判断を示していなかった。また、国がキャリアーの救済について慎重姿勢に終始した背景には、キャリアー被害者は推定約40万人にも上り、和解金を発症者と同水準とした場合に膨大な財政負担が生じることもあった。

 原告側は「差のない救済」を訴え、議員立法による政治解決を求めて与野党議員への働きかけを強めた。しかし、3月11日に東日本大震災が発生、政治解決の道は見通せなくなった。札幌地裁が1月と4月に示した和解案は、発症者と未発症者の和解金額に大きな差を設ける内容だったが、原告の中には余命宣告を受けた肝がん患者など重症者も多く、「苦渋の決断」(谷口代表)で受け入れを決めた。国も受諾を決め、ようやく基本合意に至った。

3兆2000億円の財政負担

 厚労省は未提訴者を含む患者、キャリアーを約45万人と推計。全員を救済すると、今後30年間で3兆2000億円の財政負担が生じると試算している。政府内では、このうち当初5年間で必要な1兆1000億円を所得税の臨時増税で賄う案が浮上しているが、震災の復興財源や社会保障改革に伴う所得税や消費税などの増税を控え、与野党の調整は容易ではない。

 また、今回の基本合意で全ての被害者が救済されるわけではない。弁護団によると、国が長年にわたり因果関係や責任を争い続けたため、母親が死亡したり母子手帳が処分されるなどして被害の証明手段を失った人も多数いるという。弁護団の佐藤哲之代表は「国は解決を引き延ばしてきたことを反省し、肝炎患者の恒久対策や真相究明、再発防止に尽力する責任がある」と強調する。

 基本合意の締結は、被害者数、救済額とも過去最大規模の医療訴訟となったB型肝炎訴訟の解決へのスタートラインに過ぎない。このことを、政府関係者は認識すべきだろう。

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