中沢新一氏(宗教学者)×釈徹宗氏(僧侶)×平松邦夫氏(大阪市長)「アースダイバーで読み解く東京・大阪」 第1回なぜ大阪の街が今のような姿になったのか

左から大阪市長平松邦夫氏、僧侶釈徹宗氏、宗教学者中沢新一氏

 古代と現代の大阪の地図を手に歩き、街の成り立ちを根源から探る「大阪アースダイバー」を『週刊現代』で連載中の宗教学者、中沢新一氏。宗教・文化史に精通する僧侶であり、中沢氏の大阪歩きの水先案内人を務める釈徹宗氏。そして、大阪市長の平松邦夫氏。今年2月8日、3人は東京に集まり、「アースダイバーで読み解く東京・大阪」というテーマで語り合った。東京と大阪の本質的違いとは何か。今、大阪で起こりつつある変化の根底に何があるのか。その変化は果たしてどこへ向かおうとしているのか。

 このほぼ1ヵ月後、東日本大震災が発生。日本のありようが問われる中、東京一極集中の問題や首都機能分散も再び論じられ始めた。大阪では、「大阪都構想」を掲げる橋下徹知事が市長選への鞍替え出馬の姿勢を強め、11月には大阪市長・府知事のダブル選挙も予想される。当事者である平松市長も交えた「東京で語る大阪論」は、この半年間の変化を経てもなお、興味深い知見に富んでいる。3回に分けて紹介する。

東京と対極にある都市、大阪でアースダイビングする理由。

平松: 大阪市長の平松です。元アナウンサーですので、こういう時に便利使いしていただける立場でございます(笑)。今日は「アースダイバーで読み解く東京・大阪」という素晴らしい企画で、中沢先生、釈先生と一緒にお話ができることを本当に嬉しく思っております。まずは、お二人からお一言ずつ。

中沢: 市長に司会をお願いしてすみません(笑)。僕は今、週刊現代で「アースダイバー」の大阪版を連載しています。大阪は昔から好きな街で、東京アースダイバーの次は絶対に大阪をやろうと思ってました。大阪には旅行者として何度も行ってたんですけども、この仕事を始めるにあたっては、相当ディープに踏み込んでいかなければなりません。

 東京よりも大阪のほうがずっとディープで、足がズブズブと泥沼の中に入っていく気がするくらいです。そんな時に助けてくれる方がどうしても必要でした。そこで釈先生にお願いしました。釈先生は浄土真宗のお坊さんで、本当にいろんなことをよく知っているんです。しかも、落語家でもあります(笑)。

釈: 違う違う!

中沢: まあ、それぐらい面白い人です(笑)。二人で大阪を歩いていると、噺家と一緒にいるみたいで楽しくてしょうがありません。もう一人、平松市長は、僕がよく仕事をする内田樹さんと大変親しい方でして、まあ今の大阪を語るには、やっぱりこの人が一番面白いんじゃないかと(笑)。

平松: (笑)では、釈さんの方からも一言意気込みを。

釈: 釈と申します。中沢先生と一緒に大阪を歩き、いろんな話をさせていただいて、ありがたく思っております。一緒に歩いていて分かったんですけども、中沢先生は特に有名な場所とか歴史スポットに興味があるわけではないんですね。歩くうちに足の裏でその場を感じ、土地の記憶を解読して、その都市が持つ仕組みみたいなもの---たぶん何千年何万年と変わることなく現代人の生活にまで影響している構造---読み解いていく。これがすごく面白い。「フィールドワーク」というより「アート」という感じがします。

 中沢先生のお話を聞いて思うのは「この人は国誉めしてるんやな」と。土地を言祝ぐといいますか、そこにあるものをすごく愛でて讃えて。一緒に歩いていると、土地が喜んでいる感じがするんです。私は子供の頃から大阪の新世界や西成をずっと歩いてきたんですけども、中沢先生と歩くと、よく知ってる街がちょっと違って見える。「なるほど、この建物をこう見れば、土地の豊かさが分かるんだな」と気づかされる。だから皆さん、わざわざパワースポットに行かなくてもいいんですよ。その場をどう感じるかという技法が、中沢先生のお話や手法から分かるんです。

平松: 土地が喜ぶ。土の下に埋まった何かを刺激する能力、あるいは、何かを感じ取る能力が中沢先生にはあるということですかね。釈さんもやはり宗教家として、ずっと人間の長い歴史を見つめてこられたわけで、このアースダイバーというものに非常に感応したという感じでしょうか。

釈: そうですね。ビビッとシンクロしたような感じがします。

平松: 私も以前、大阪で開かれたナカノシマ大学で中沢先生が「大阪アースダイバー」の話をされた時に、内田樹先生と二人で乱入させていただき、非常に楽しゅうございました。

 私は兵庫県尼崎市という街の出身でして、ご存知かどうか、兵庫県やけど市外局番は06という大阪文化圏なんですね。で、大阪の民放局に勤めて、今は大阪市長をやっているわけですが、東京と大阪の関係といいますか、大阪人が東京に抱くイメージ---東京に負けたらあかん、東京を越えてやるんやというようなかつての意識が少しずつ変わってきたと感じるんですね。一時は大阪の方が人口が多い時代もあったのに、今や、経済規模で10分の1になるまで東京一極集中が進んでしまった。そんな状況にもかかわらず、中沢先生がアースダイバーの舞台に大阪を選びはった、その理由をまずはお聞きしたいんですが。

中沢: 大阪と東京は、ものすごく対極的な都市ですよね。長いこと大阪は日本一の大都会として発展してきたわけで、江戸なんかまだ本当に小さい漁村だった頃に、もう大変な商都だった。それがある時代---明治の転換期ぐらいから、大阪と東京の関係が徐々に逆転し始めたわけですね。それはいったいなぜであり、何を意味していたのかということを、深い所で僕は探ってみたかったんですね。僕は大阪にものすごく魅力を感じています。実は、少しだけ血の中に大阪人が入ってるんですよ。

釈: そうなんですか。

中沢: で、学生の時によく大阪へ行ったわけですが、僕は言葉が好きだったから、浄瑠璃ファンなんですよ。浄瑠璃を聞いたり、船場言葉が出てくるような古い記録を読むと、もう本当にジーンとしちゃうんですね。あるいは『細雪』(谷崎潤一郎)や『ぼんち』(山崎豊子)なんかを読んだりすると、本当に言葉の美しさを感じて、これはもう日本語の中で一番美しい洗練された言葉だな、と。

釈: 今でも日常に古語がたくさん残ってますよね。

中沢: そういう大阪がかつては存在して・・・いや、もちろん現在も生きているんですが、しかし今、世間で言われている大阪のイメージというのはちょっと違う。「コテコテ」とかね、色彩でも、どぎついコントラストが大阪的だと思われてる。でも、実はそうじゃないんじゃないか。僕は大阪に行くと、しょっちゅう平野(区)という所へ行くんです。ここは大阪でも一番古い、大阪らしい雰囲気を残す街だと言われている。そこへ立つと、色彩は見事に渋く統一され、とても落ち着いた佇まいがある。ああ、これが昔の船場なんかが賑やかだった頃の色合いなんだろうなと感じて、ジーンと感動しちゃうんですよ。

釈: 平野だけが(戦災でも)焼けなかったんですね。昔のまま。

中沢: そんな感動に触れると、じゃあ人間の文化の豊かさや幸福感というものと、経済の関係が、時代とともにいったいどう変化していったのか、と考えてしまうわけです。日本は今や、社会や文化がすっかり経済や市場に飲み込まれちゃってるんですけども、こういう社会や価値観がなぜ作り出されたのか。僕もすごく感じるんですが、そんな世界って全然幸せじゃないんですよ。

 日本人が幸福に満ちた生き方を探っていくには、経済と文化の関係を作り変えていかなきゃいけない。それにはまず、どうしてこうなっちゃったのか、その前はどうだったのか調べてみなきゃいけない。そのために、東京をやった後は大阪をやりたいとずっと思ってたんですね。

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